2014年印象に残った本

もう2014年も大晦日か…という印象が否めないのだが、今年も色々な本を買った(読んだわけではない)。おもしろい本、くだらない本など色々とあったが、特にその中でも読み通し、かつ印象に残った本を並べてみた。こう見ると新書が多くなってしまったが、もう少し色々な本を読みたいな…というのが今年の反省である。

今さらですが皆さまよいお年を

■2014年の本
横手慎二『スターリン―「非道の独裁者」の実像』(中央公論新社中公新書、2014年)
 キーワード:評伝、ソ連史、歴史認識
邦語で信頼できる、適当なスターリン伝がなかった中では大変ありがたい一冊。レーニンスターリンの断絶を強調する古典的視座ではなく、その連続性を示唆しつつ、著者らしい淡々とした筆致で、スターリンの人物形成と生涯が語られる一冊。
独裁者であり、かつソ連の岐路に決定的影響を与えたスターリンをどのように評価するのか、という点については非常に抑制的ではあるが、その解釈を考えるきっかけとなる本といえるだろう。個人的に難点と感じたのは第二次世界大戦終結後の判断力の衰えや冷戦との関係について非常に記述があっさりとしていたこと。この辺をもう少し描いてほしかった。

平野聡『「反日」中国の文明史』(筑摩書房ちくま新書、2014年)
 キーワード:中国史日中関係史、思想史、歴史認識
反日」のタイトルで恐らく少なからぬ読者を遠ざけた不幸な一冊。儒学朱子学を基軸とした近代国家とは程遠かった中華文明が、近代西洋の挑戦を受け崩壊した後、自らの文明崩壊にも携わった近代日本という先達を参照し、日本への敵意を内包しつつ、「中国」という国家の伝統を歴史から産み出し、「中国夢」を振りかざすようになったのかを描いたダイナミックな歴史書
「文明史」という視座ならではの宿命論めいた色がややきつかったり、「反日」はそこまで強い規程要因なのか?という疑問が無くもないし、結語はもう少しまとまらなかったか、とも感じるが、日本はその来歴上現代中国について製造物責任を負っている、と言わんばかりの著者の激しい心情に気圧された。

久保亨・瀬畑源『国家と秘密―隠される公文書』(集英社集英社新書、2014年)
 キーワード:現代日本政治、公文書管理制度
昨年12月に成立し、今年12月に施行された特定秘密保護法を論じるべく、まずその前提となる公文書管理制度(及び情報公開制度)の歴史や概要を説明した上で公文書を含む行政の機密保持を厳格化する特定秘密保護法の問題点を具体的に批判したもの。
制度の問題でありながら、およそ無意味とすら言えるイデオロギー的反対が少なくなかった同法だが、本書は「総論賛成(国家が一時的に秘密を持つことはやむを得ない)、各論反対(しかしその管理運用は適切になされるべきであり、特定秘密保護法は修正後も極めて問題が多い)」というスタンスから問題点を明瞭に論じており、まさにこの問題を論じる出発点として価値があると思われる。公文書が適切に管理されるということが、民主政国家の根幹にあることを思い起こさせる一冊。
難点を言えば、序章だけは本文ともピントがずれていて読むに堪えないので、読み飛ばすことをお勧めする。

国家と秘密 隠される公文書 (集英社新書)

国家と秘密 隠される公文書 (集英社新書)

山本雅人『天皇陛下の本心―25万字の「おことば」を読む』(新潮社・新潮新書、2014年)
 キーワード:象徴天皇現代日本政治、明仁天皇
今上天皇の各種の「ご発言」、そして「ご公務」がどのようになされてきたかを元に今上天皇がどのようなことを重要視し、行動しているのかを論じた一冊。象徴という日本国憲法における位置づけを意識しながら、公平さを意識しつつ、弱者への配慮を欠かさないという「平成流」のスタンス、その一方で「ご発言」の中では沖縄や災害への強い思いがあるという指摘にはっとさせられる。
2011年には実証的な昭和天皇論が花盛りを迎え、その中では昭和天皇が戦後も帝国憲法時代の意識も強く持っていたことが論じられたが、日本国憲法の制定後に成人を迎えた今上天皇が全く異なった意識、行動原理を持っていることが明瞭に理解できる本であり、象徴天皇という特異な君主のあり方を考えさせられる一冊である。

天皇陛下の本心: 25万字の「おことば」を読む (新潮新書)

天皇陛下の本心: 25万字の「おことば」を読む (新潮新書)

御厨貴『知の格闘―掟破りの政治学講義』(筑摩書房ちくま新書、2014年)
 キーワード:御厨貴
政治史、審議会、オーラル・ヒストリー、政治評論、エトセトラエトセトラで、「政治」とつくような現象に色々首を突っ込んできた政治学者・御厨貴のリレー最終講義をまとめた一冊。同氏の手がけてきた仕事が感じられ、また何とも硬質な研究などには直接織り込みづらい政治の「ひだ」を感じさせる一冊となっており、楽しく読める。各章に添えられた若手研究者によるコメントと、その応答も面白い。ただ政治学や政治という現象に関心がない人には全く面白くないだろう。

大木毅『明断と誤断 大木毅戦史エッセイ集』(盆栽ゲームズ、2014年)
 キーワード:戦史、ドイツ史
本邦アカデミズムの世界では実りの乏しい学問としての戦史について、海外の研究を紹介する形で触れられる一冊。元々はウォーゲーム雑誌に寄稿されていたものをまとめたものだが、歴史学における当たり前の検証作業がなされるだけで、戦史がいかに面白いものになるかを教えてくれる。他にもそうした戦史を歴史として検証し、楽しむ本が複数登場したのが今年の喜ぶべきことでもあった。
なお著者はその後も複数のエッセイ集(『ルビコンを渡った男たち』『錆びた戦機』)を発表されている。また本書については以前レビューを書いた。
http://d.hatena.ne.jp/Donoso/20140321/1395416453

秦郁彦明と暗のノモンハン戦史』(PHP研究所、2014年)
 キーワード:戦史、日本近代史
実りが少ない、と書いた本邦の戦史研究の例外的かつ注目すべき成果。新たに開示されたロシア側の邦訳文献などを参照しつつ、また日本側の検証を地道に続けることで、不毛な論争が続くノモンハン戦史について、「戦争目的の達成」という点から一石を投じた「最初の一冊」となるべき本。80歳を超える大家の意欲と、バランス感覚に魅せられる一冊。

明と暗のノモンハン戦史

明と暗のノモンハン戦史

月村了衛『機龍警察 未亡旅団』(早川書房、2014年)
 キーワード:ミステリ小説、ハードボイルド
自爆テロ攻撃を辞さないチェチェン人女性テロリスト集団「黒い未亡人」と戦う警視庁特捜部と、その裏でうごめく策謀を描いた機龍警察シリーズの第四作。小説としてのキレがどんどん上がっていることは読者ならご存知のこととは思うが、第二部のカティアの取り調べシーンと、エンディングには誇張抜きで腰を抜かしてしばらく立ち上がれなかったことを告白しておく。著者は他にも『土漠の花』『機龍警察 火宅』が単行本化し、雑誌連載も複数抱えるなど、多作の年だった。来年も期待。

■2014年以前の本(年代順)
波多野澄雄『「大東亜戦争」の時代』(朝日出版社、1988年)
 キーワード:日本近代史、外交史
ワシントン会議から敗戦までの二十余年を描いた外交通史。いわゆる日本政治外交史で描かれる、日本国内の諸アクターの政治過程と、その結果としての日本の対外政策のみならず、それが米英独ソ日の欧州とアジアをめぐる大国間政治のレベルでどんな相互作用を引き起こしたのかを明瞭に描いており、いちいち膝を打つ思いだった。25年ほど前の研究ではあるが、そのバランスの良さは高く評価されるべき一冊だと思われる。

「大東亜戦争」の時代―日中戦争から日米英戦争へ

「大東亜戦争」の時代―日中戦争から日米英戦争へ

佐瀬昌盛『虚報はこうしてつくられた―核情報をめぐる虚と実』(力富書房、1988年)
 キーワード:冷戦、核兵器核戦略、メディア
80年代のINF交渉についての日本メディアの報道を、海外報道や文献を引きつつ批判するという『諸君!』の連載を書籍化したもの。ただの報道批判でなく、問題の専門家である著者がまず「正統」な解釈を示してくれることから、当時の核戦略問題の理解について資する部分が極めて大きく、米欧同盟の核をめぐる議論の変遷は、今日も日米関係においても同盟や核戦力をどのように考えるか、という点で示唆的である。また当時のメディアの報道が極めてお粗末であることがわかるが、メディアをどのように理解していくのか、という点でも有益な一冊といえるだろう。

虚報はこうしてつくられた―核情報をめぐる虚と実 (リキトミブックス)

虚報はこうしてつくられた―核情報をめぐる虚と実 (リキトミブックス)

田村元『政治家の正体』(講談社、1994年)
 キーワード:自伝、政治家、日本政治史
今年逝去した田村元・元衆議院議長の語りを本にしたものということで追悼のため加えた。1955年初当選という長いキャリアもあり、独立以後の戦後日本政治を彩った政治家たちのエピソードや、局面での政治家に必要な資質がポツリポツリと語られる。とりあえず読んでみてほしいという感じの、読めば読むほど味のある、渋い一冊である。

政治家の正体

政治家の正体

鈴木多聞『「終戦」の政治史 1943-1945』(東京大学出版会、2011年)
 キーワード:日本近代史、外交史、戦史
戦局が悪化する中で、戦争終結をいかに受容・決定したのかという、「負け戦の政治史」を描いた、再読して評価が変った一冊。正直初読した際は平板な、新しさのない本と感じてしまったのだが、今年再読してその分析的な態度に驚かされた。あとがきにある「学問的に新しいことをなるべく多く発見したいという気持ちが強かったが、この頃から、通説に近かろうが遠かろうが、なるべく学問的真理に近いものを書きたいという気持ちが強くなった」(p.241)という一節も強く印象に残る。

「終戦」の政治史―1943-1945

「終戦」の政治史―1943-1945

渡邉昭夫『日本の近代(8)大国日本の揺らぎ 1972〜』(中央公論新社、2001年/中公文庫、2014年)
 キーワード:日本現代史、現代日本政治、歴史認識
文庫化を機に再読した一冊。中央公論新社の「日本の近代」の通史最終巻で、元々は15年前に書かれたもの。佐藤政権の成立から2000年前後までを扱っている。今年ぼんやりと感じ続けていたのは、歴史認識というものが語られるとき、いかに人が戦後という時代を忘れているか、とりわけ60年代以後の現代日本の形成を忘却しているのかということだった。
高度成長下の日本がいかに変貌し、超大国アメリカに伍する経済大国と化し、現在の混迷の時代に至るのか、そうした同時代史を考える時、本書は時代の複雑さも相まって単純な絵を描かないが、色々な示唆を与えてくれる一冊だと再確認した。

日本の近代8 - 大国日本の揺らぎ 1972~ (中公文庫)

日本の近代8 - 大国日本の揺らぎ 1972~ (中公文庫)