2018年の本

 一年越しの更新となった。はてなダイアリーの終了が告知されたこともあり、恐らくこれがはてなダイアリーへの最後の投稿になると思われる。今年は昨年より状況が悪く、完読ではなくつまみ読み程度で終わった本が多かった(読書メーターの更新も滞っている)。とはいえ、今年刊行の本を中心に、いくつか印象に残った本を整理したい。

■国際政治
 政治学の範疇に入る本自体がそれほど読めず、どちらかといえば国際政治・日本政治に区分されるような本に偏った読書をする一年であった。ここでは広く国際政治にまとめられる本を取り上げたい。印象に残ったのは、西平等『法と力』、田所昌幸『越境の国際政治』、小川浩之・板橋拓己・青野利彦『国際政治史』、モーリス・ヴァイス『戦後国際関係史』の四冊だった。

西平等『法と力―戦間期国際秩序思想の系譜』(名古屋大学出版会)
 20世紀に国際政治学は、どのようなロジックから生まれたのか?それは国際政治学誕生の時点で存在していた学問であり、勢力均衡など、その後の国際政治学に導入される様々な概念を先取りしていた国際法学とどのような関係を有していたのか?本書はアドルフ・ラッソン、エーリヒ・カウフマン、ハンス・モーゲンソーらドイツ語圏の国際法学者の議論を辿りながらこの問いに対する答えを与えるものである。
 著者は、戦間期国際法学では法と国家間の勢力関係が密接に関連しており、勢力関係の変動は国際法の変更を提起するという動態的な国際法理論が影響力を有していたこと、同じ問題を考察する方法として国際政治学が生まれたという興味深い議論を展開する。国際法国際政治学は人的のみならず、知的にも密接に連関しているものだった。
 国際政治において法と政治がどのような関係を持ちうるのか、という問題を扱う本書は、非常に刺激的で、モーゲンソーやE・H・カーといった初期国際政治学の著作を読解する点でも有益なものになると考えられた。まさに待望の単行本というところがあったことから、今回ここに選ぶこととした。

田所昌幸『越境の国際政治―国境を越える人々と国家間関係』(有斐閣)
 移民・難民といった、ヒトの移動(国際人口移動)が今や国際政治上の大問題となっていることは周知のとおりで、国際人口移動自体については研究も少なくない。本書の特色は、こうした人口移動の問題が国内外の政治との間で、どのような論点を生じさせるのかを扱っている点にある。旧著『アメリカを超えたドル』では、著者は国際政治における通貨という問題を扱うことで、独立して存在しているように見える金融・通貨に対する政治の影響を鮮やかに明らかにしたが、本書も同様に問題と政治との関係を明らかにする一冊といえよう。

小川浩之・板橋拓己・青野利彦『国際政治史―主権国家体系のあゆみ』(有斐閣)
モーリス・ヴァイス(細谷雄一・宮下雄一郎監訳)『戦後国際関係史―二極化世界から混迷の時代へ』(慶應義塾大学出版会)
 前掲の二冊が学術書であるのに対して、続く二冊は通史である。どちらも近年の国際政治の混乱を踏まえつつ執筆されていることに特色があるといえるだろう。小川ほかの『国際政治史』は、16世紀から今日までの国際政治の展開を扱うオーソドックスなテキストで、20世紀以降がその叙述の中心となっているが、オーソドックスに諸事象を参照できるバランス感が気持ちのよい一冊である。
 一方、第二次世界大戦後を扱う後者は比較して著者の特色が出ている。文中の小見出しもユニークで興味を惹くものだし、アフリカや中南米など、ともすれば見落とされがちな地域への目配りも印象的である。日本で平均的に教えられる「国際政治史」とはかなり雰囲気が異なるが、前者のようなオーソドックスな一冊と併読することで特色をより楽しめる一冊であると感じられた。
 また国際関係に関する通史としては、ロバート・マクマンのコンパクトで定評ある冷戦通史である『冷戦史』も訳出されるめでたいこともあった(青野利彦監訳、勁草書房)。

■外交史
 こちらでは国際政治より狭い外交史研究というジャンルの、学術書というくくりでの印象に残った本を取り上げる。今年刊行された本は粒ぞろいという印象を受けたが、特に印象に残ったのは、高橋和宏『ドル防衛と日米関係』、金恩貞『日韓国交正常化の政治史』、武田悠『日本の原子力外交』、黒田友哉『ヨーロッパ統合と脱植民地化』、大久保明『大陸関与と離脱の狭間で』の五冊だった。

高橋和宏『ドル防衛と日米関係 ― 高度成長期日本の経済外交 1959~1969年』(千倉書房)
 本書はブレトン・ウッズ体制基軸通貨であるドルの信認を揺るがすこととなった米国の国際収支問題(ドル防衛問題)と、日米関係史との接点を分析した研究である。米国の抱えるグローバルな課題としての国際収支問題への対処という軸を通すことで、経済大国として台頭しつつあった日本の貿易自由化問題や東南アジア開発、沖縄返還交渉といったそれぞれに連関のない日米関係の様々なトピックが、米国にとっては同じ問題に対処するための問題群であったということが浮かび上がるという興味深い研究である。
 固定相場制度が終焉して久しい今日から見て、決して目立つテーマではないが、外交史としての実証の手堅さもあり極めて読み応えのある一冊になっているといえる。特に日本がこの問題について協力的であると米国に認識させた(誤解を抱かせた)ことが、沖縄返還交渉を前進させるきっかけとなった点を指摘する第5章は、一般の関心も引くところだろう。岩間陽子氏の毎日新聞書評が示すように、国際収支問題という課題に正面から向き合っている点からすれば、本書の意義は日本外交史や日米関係史としてよりも、米国外交史研究にとって大きいといえるだろう。

金恩貞『日韓国交正常化交渉の政治史』(千倉書房)
 戦後の日本の外交交渉の中でも、とりわけ長い時間を必要とした日韓国交正常化交渉を明らかにした実証研究である。本書の特色は、特に日本側の外務省を中心とする政府内検討プロセスを明らかにしながら、その交渉の一貫した論理と、それを元にした交渉の様子を描き出したことだろう。著者は旧来の研究を、長期の交渉がフェーズごとに異なった形で遂行されたという「断絶史観」、個々の局面での政治家間の交渉が決定的だったとする「政治家決定史観」、日韓を連携させたかった米国のプレッシャーが重要と評価する「米国介入史観」などと整理を行いつつ、これに対して特に日本側の内在的な論理を検討することで「連続史観」という視点を打ち出している。
 日本政府内で検討されたロジックや、政府内交渉プロセスを明らかにするという視点は、既存の視点では説明できなかったものを明らかにする。国家の基本的関係を定める条約であり、国際法とカネが交錯する重要な政策課題であるだけに、適切なロジックに何とか道筋をつけようとするプロセスの描写(特に大蔵省の外務省に対する抵抗は強烈だ)は単純に読み物としてもおもしろく、読み応えのある一冊となっている。

武田悠『日本の原子力外交―資源小国70年の苦闘』(中央公論新社)
 東日本大震災以後、日本における原子力の問題が様々な形で関心を集めたことは記憶に新しい。特に日本がどのような理由でかかる政策を展開してきたかについては、震災を機に復刊された吉岡斉『原子力の社会史―その日本的展開』(旧版1999年)などが、平易な説明を行っている。
 それに対して本書は、戦後の原子力発電の導入をはじめとする原子力平和利用、国際的な核不拡散政策への参画など、日本の原子力政策の国際的側面を平易に描く通史となっている。日本は核燃料については輸入国であり、兵器としての核兵器保有しない国でありながら、原子力をめぐる国際協調が進む中で、有力なプレイヤーとして枠組みの形成に寄与していった様子がわかり、地政学的、あるいは経済的な視点から見る日本外交とはまた違った像が浮かび上がるのも面白いところといえるだろう。
 原子力と日本政治をめぐる言説としては、政治家などの突発的な「核武装」発言が注目を集めるところだが、本書ではそうした突沸的なものは捨象されているのも印象的である。この政策分野が、そういった情念では如何ともしがたいものであることもうかがわせるだろう。技術的・専門的な議論も少なくないが、国際政治の大きな動きの中に原子力を位置づける様子がわかり、門外漢の自分にも読みやすい一冊となっていた。

黒田友哉『ヨーロッパ統合と脱植民地化、冷戦――第四共和制後期フランスを中心に』(吉田書店)
 本書は、1950年代の欧州統合の進展と、旧植民地(海外領土)政策がどのような連関を持っていたのかをフランス外交史の観点から分析する研究である。決して日本人にとってなじみ深いとはいえないテーマだが、過去の遺産である海外領土と、新しく進めつつある欧州統合という政策とどのようにすり合わせつつ、かつ当時の時代状況である冷戦に対応するのかという幅のある問題を扱っており、扱われる史実に明るくない人間にも様々な関心を呼ぶものとなっていると思われる。また前掲ヴァイス『戦後国際関係史』は、このような文脈を持つフランスだからこそ書かれた幅や癖を持っているのかという点を想起させる点でも興味深かった。
 また本書で印象的なのは、なじみのないテーマであることを意識してか、欧州統合研究、フランス外交史研究、国際関係史・外交史研究など、幅広く、多義的に自らの研究の意義付けを行なっていることだろう。外国研究の意義をどのように伝えるかの戦略性でも、考えさせられるところが大きかった。

大久保明『大陸関与と離脱の狭間で―イギリス外交と第一次世界大戦後の西欧安全保障』(名古屋大学出版会)
 前掲の黒田本と同じくヨーロッパ外交史の範疇に収まるが、本書の扱うテーマは時期的に更に古く、第一次世界大戦時からロカルノ条約調印まで、ヴェルサイユ条約調印前後のヨーロッパの安全保障問題をイギリス外交の視点から考察するというものである。
 このようなテーマ自体は、日本人にも多少なじみ深いものと思われる。この時代がなぜ長期にわたる平和を創出できなかったのかという問題は、E・H・カーの『危機の20年』や『両大戦間における国際関係史』、ケインズの『講和の経済的帰結』といった古典的著作でもよく論じられてきたもので、ヴェルサイユ条約の制度的な欠点や、民族自決国際連盟といった戦後秩序に大きな影響を与えたウィルソン大統領の理想主義の悪弊が非難されてきた。
 しかしその後の欧米での研究蓄積を活用しながら、著者はそのような旧来的な評価に疑義を呈する。著者によれば、ヴェルサイユ条約の生み出した安全保障枠組みはそれ自体に欠陥があるのではなく、適切な形での強化・発展が様々な要因によって妨げられたことに問題があった。米国は早々にこの枠組みから離脱し、イギリスは「大陸関与」という形でこの枠組みを強化する必要を認識していたが、フランスとの軍事同盟など、ヨーロッパへの強力なコミットメントを目指すまでには至らなかった。そして1930年代に至ってドイツが再起を目指したときに、このように煮え切らないイギリスの行動は状況を悪化させることとなる。
 なまじか知っているように思っている歴史が全く異なったものとして描かれることは、自分の所与の認識を解体される快感があった。また本書の特徴ともいえるイギリス政府内における詳細な対外政策決定過程の説明も、(若干煩雑だが)興味を持つ人間には有益だろう。
 また分厚い先行研究がありながらも、それとの差別化に執心していないことも、恐らく本書のポイントではないかと思われる。よい意味で先行研究の示してきたものを必要に応じて採用しつつ、強調すべき点を強調するスタイルは、分厚い先行研究を持つ分野でおもしろい記述をするには必要なことだろう。ただ、このエピローグであれば、同じだけの紙幅を割いて30年代のイギリス外交の検討も期待したいと感じさせるものであった。同様の密度の研究が読めることを期待したい。

■回想
 回想録、また当事者による執筆物の範囲で印象に残ったのは、田島高志『外交証言録 日中平和友好条約交渉と訒小平来日』、秦郁彦『実証史学への道』、ヴァルター・ネーリング『ドイツ装甲部隊史』の三冊だった。

田島高志(高原明生・井上正也編集協力)『外交証言録 日中平和友好条約交渉と訒小平来日』(岩波書店)
 本書は調印から40年となる日中平和友好条約をテーマとしたもので、当時の外務省担当課長(アジア局中国課長)による回想録と、研究者二名を交えた鼎談から構成されている。本書の回想録はややもすれば担当者レベルの平板な記述が続き読みづらい。しかしながらよく読み込んでいくと、福田赳夫首相、外務本省、北京の日本大使館など、関連した組織が一体となり、意思疎通を密接に行いつつ、じわりじわりと中国側と認識のギャップを埋め、徐々に交渉に向けた関係を築いていく様子が読み取れる。同条約交渉に関する既存のドキュメントなどと組み合わせつつ読むと、ニュアンスが読み取れる箇所が多く有益な一冊だった。
 また座談会は本書全体の見取り図を提供する意味で有益である。本書についてはまず座談会から読むことを推奨したい。

秦郁彦『実証史学への道― 一歴史家の回想』(中央公論新社)
 いわずと知れた秦郁彦氏の読売新聞「時代の証言者」連載をまとめたもの。大本営発表の戦果を記録することでその情報に疑問を抱き、大蔵官僚をやりながら歴史家としての経験を積み、最後はあらゆる方面と戦う歴史家となる。これからの時代には二度と出ない人間であることをうかがわせるに十分な一冊であり、読了後謎の活力が湧いてくる。同世代の伊藤隆『歴史と私―史料と歩んだ歴史家の回想』と併読したい一冊である。

ヴァルター・ネーリング(大木毅訳)『ドイツ装甲部隊史1916-1945』(作品社)
 著者は戦間期からドイツ軍装甲部隊の育成に当った陸軍将官による、ドイツ装甲部隊の誕生から終焉までを描いた通史。自らについての言及も三人称としており、一般的な回想録ではなく日本の例に照らせば、淵田美津雄・奥宮正武『機動部隊』(初版1951年)などを想起させる一冊である。
 エピソードだけでなく、編制や運用などを含む通史としての読み応えもあり、また実際の作戦については臨場感もある描写が織り交ぜられており、ドイツ戦車部隊に関心を持った人間が最初に読むのに適した、情報量のある一冊であるように感じられた。

■新書
 内容でなく書籍の形態を区分とするが、新書形式で刊行された書籍としては、佐々木雄一『陸奥宗光』、吉田裕『日本軍兵士』、松沢裕作『生きづらい明治社会』が印象に残った。

 新書と言えば12月になり、一部で関心を呼んだ話題として苅部直丸山眞男リベラリストの肖像』における先行研究の取り扱いをめぐる論議があった。その詳細は省くが、この論議における河野有理氏による指摘は、「言ったもの勝ち」が蔓延する今日、そうした卑しい行為を打ち消す極めて有益なものだったと思われる(リンク1リンク2)。

 なぜ上記の論議に触れたかといえば、新書という形式で印象に残った本をセレクトするとき、二つ目の投稿の「新書における先行研究の取り扱い方について」という項目に考えさせられるものがあったからである。以下に一部を引用する。

「無視しうる先行研究」が存在すること自体を否定される研究者の方は少ないと思います。ご自分の研究の実践において日々色々な先行研究を無視しているのではないかと思います。もちろん、「無視しうる先行研究」の幅は場面ごとに伸縮します。例えば、博士論文の第一章、その主題についての研究史整理パートであれば、その幅は極限まで狭くなるでしょう。学問的に形式的な基準を満たしている先行研究は原則悉皆網羅するべきでしょうし、大きな欠点があるものであっても、その欠点を含めて研究史の中に位置づける作業が求められます。ですが、たとえば一般読者向けでもある新書においては先行研究整理が求められているわけではありません。「無視しうる先行研究」の幅はぐっと拡大し、大胆な「選択と集中」が求められるはずです。

 この指摘は「いわゆる(学術的な)新書」における参考文献のあるべき取り扱いを示すもので、適切なものであるといえよう。私はこの指摘に同意する。ただ、同時に頭に浮かんだのが、今日の新書のありさまで、この言葉の意味を十分理解できる人がどれだけいるだろうか(とりわけ騒いでいるような類の人間に)、ということであった。
 
 2003年の『バカの壁』の大ヒット以後、二匹目のドジョウを狙い出版社が新書レーベルを次々創刊して十数年が経ったが、新書の売れ行きは書籍全体のそれと連動しながら低迷しており、刊行点数だけは惰性で増え続けていることは周知のとおりである。その結果、学術的な書き手による新書についても、いわゆる入門新書の一方、博士論文や本来四六版や選書で出すのが本来適当であろうテーマや内容量のものまで、新書で刊行されている実情がある。こうした新書はやたら高額で、分厚かったり、これでもかと注が付いていたりする。甚だしくは前者の範疇に入る本でありながら、後者に影響されたのか、やたらと注をつけた本さえまま見られる。
 河野氏の指摘を踏まえれば、本来、前者と後者で文献リストや注の価値が違うのは明白である。こうした新書が出る背景には諸事情があろうが、かかる実情を見ると、「学術的手順」を云々したがる人間は、そうしたことが十分理解できるのか、リテラシーがあるのかと、ただ注が付いていれば同じだと考えるのではないかと、いささか懐疑的になってしまったのである*1

 好みを言えば、こうした(後者の)新書は、出版社の商業的な動機を除けば新書という形式で出す理由は特にないだろう。活字は小さく、物理的にかさばり、本としては極めて不細工である。新書という媒体のあり方をやたらと乱すだけで、意義が見いだせないところである。

 話が大きくそれた。上記の三冊は、こうした私自身が最近の新書に感じているフラストレーションとは無縁で、適切な形で刊行された本との印象を受けたものだった。

佐々木雄一『陸奥宗光―「日本外交の祖」の生涯』(中央公論新社)
 知識人でありながら、同時に政治の世界で権力を求めた人物として陸奥宗光を描く本格評伝である。コンパクトでありながら、行間から史料の博捜が察せられ、冗長に書くことができるであろう部分も、最小限でまとめているのが小気味よい一冊である(28-30頁の上海行きの下りなどは、それを感じるところであった)。参考文献リスト・文献案内も丁寧に作られている。
 著者は本書でただの策謀家としての陸奥ではなく、「活躍の場を求める知識人」としての陸奥を描きたかったと強調している(Webインタビューを参照)。この点は、意識すると読み取れる部分が端々にあるが、実務家としての陸奥を描く中に埋め込むと、ただ優れた能吏の眼という風に読めてしまう難しさがあるようにも感じられた。権力の中の知性を描くことの難しさということを感じさせる意味でも興味深いものだった。

松沢裕作『生きづらい明治社会―不安と競争の時代』(岩波書店)
 岩波ジュニア新書という媒体で刊行されたこともあり、平易で読みやすい明治社会史である。江戸時代という旧秩序が終わり、変革の時代としての明治時代に、いかに人々が不安なまま競争に駆り立てられ、かつ何らかの挫折に陥った時にその原因が優勝劣敗にあったと判断される通俗道徳の「わな」に陥っていったかを描く一冊であり、現代社会との比較の視点を濃厚に打ち出している。追い詰められた(追いつめられるかもしれない)人間に対する本書の視点の暖かさは好ましく感じられた。
 本書の視点に共感すると共に、それにしても興味深いと感じたのは、こんな体たらくでありながら明治日本が「何だかんだでなんとかなってしまった」と思われていることの不思議であった。この双方に立脚する視点の難しさについて考えさせられるところがあった。

吉田裕『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』(中央公論新社)
 日中戦争・太平洋戦争といった一連の戦争で、多くの日本軍の兵士が、なぜむごたらしい死を迎えるに至ったのかを、兵士の身体性や、日本軍の組織的性格など、様々な視点をもって検討した一冊である。日本陸海軍は、人間を多数運用するに適さない計画だけは持っているが、まっとうな衛生・医療措置も、支援体制も持ちえない、甚だ貧弱な軍隊であったという、直視せざるをえない現実が本書では明らかになる。若干エピソードを繋いで導き出すような主張がなくはないが、ピックアップされる証言や史料にはページを捲るのが辛くなる部分が多々あった。著者の旧著『日本の軍隊』『兵士たちの戦後史』などと一緒に、正統派左派軍事史研究と言えるだろう。

■最後に
 長い文章を書くのは億劫だが、なんだかんだと印象に残った本を書くのは楽しい。どなたかがここで紹介した本を手に取ってくれることを期待したり、お前のパラフレーズはおかしいとより面白いレビューを披露したりしてくれるのを待ちたいところである。

 最後に、今年は、復刊でもわりと良い本が多かったことに触れておきたい。猪木正道共産主義の系譜』、林健太郎『昭和史と私』、岡茂雄『本屋風情』、久保田勇夫『役人道入門』がそれである。前三者は、小ロット高価格という文庫ならではの色あせない本の復刊だと感じられた。
 また、最後の一冊はソフトカバー本の新書化だが、最近個人的にも公的組織の人間とお付き合いが多いため、教えられるところが多かった。財務省のキャリア官僚として実績を積んできた著者の文章は、砕け過ぎず固すぎずで、人への仕え方、人の動かし方、組織の動かし方など、様々な問題についての学びの多い本であった。

*1:蛇足だが、今年の夏、Twitterでは『新潮45』休刊の引き金を引いた小川何某の過去の執筆物などについても、査読だのなんだのとあれこれ勘繰りをする様子が見られたが、これもまた適切な指標を用い得ない人間のバカ騒ぎのようにしか思えなかった。

2017年の本

 「今年も何か書こうと思っていたのだが…」と始めるのはもはや前口上以上の意味はない。昨年に比べて色々と忙しく、読み通せた冊数は昨年より減り、70冊程度だった。印象に残った本について、例年通りある程度のまとまりをもって整理したい。

■外交史
 外交史研究で関心を引いたのは、佐々木雄一『帝国日本の外交』、服部聡『松岡外交』、山本章子『米国と日米安保条約改定』、添谷芳秀『日本の外交―「戦後」を読みとく』の四冊だった。

 最初の二冊は戦前日本の外交史研究である。たまたま今年の年初に細谷千博『両大戦間の日本外交』(岩波書店、1988年)を読み返すことがあったのだが、その際つくづく感じたのが、戦前外交史の泰斗たちの議論の強固さであった。
 よく知られているところであるが、戦前日本の外交史研究は、それが破滅的な敗戦に至ったという事実、更に大方の史料が敗戦により公開されたという背景が重なり、1950年代後半頃からその後の議論のおおよその方向性を決めるような研究が次々発表されている。もちろん細かな事実の訂正や、当時の研究が素通りしたものの個別実証は可能であろう。しかしそれがどこまでの意義を持つのか?そのような悩ましい問題を後進に突きつけてきたことは間違いがない。上記の細谷の著書も、まさに細谷が50年代末から70年代にかけて発表した、そのような先駆的研究をより集めた論文集である。
 かかるハードルの高い戦前外交史研究にどのように挑むか。それに対して今年読了した本の中でも特に興味深いアプローチを採用していたのが、『帝国日本の外交』と『松岡外交』だった。

佐々木雄一『帝国日本の外交 1894-1922―なぜ版図は拡大したのか』(東京大学出版会)
 本書が採用したアプローチは19世紀末から1920年代までの日本外交の行動習性の抽出であり、そこから副題の「なぜ版図は拡大したのか」に答えようとするものである。本書が描く日本外交は、「軍部の暴走」「二重外交」といったものに翻弄される騒々しいものではなく、意外なほど静謐である。
 本書のいう日本外交の行動習性とは、何事においても、自国の「利益」が確保できるかにこだわり、その利益が(多少強引でも)既存の条約など依拠しうる根拠を持って主張できるかという「正当性」にこだわり、利益が正当性をもって主張できるなら、その利益を得られるか、あるいは同等の代価を得られなければおさまらない(武力行使も辞さない)という「等価交換」にこだわる日本外交である。
 そしてこうした習性は基本的にぶれることなく、首相・外相・外務省を中心とした外交指導の中で一貫され続ける。ただし満蒙権益などを典型として、かなりきわどい根拠を元に得た「利益」が、いつしか当然の利益へと認識が変質していくという危うさも秘めていたことも本書は指摘する。
 外交的な大事件をトピック的に取りあげるのではなく、30年弱の期間の日本外交を一貫して描くという方法によって、本書は今まで見えてこなかった性質を描くことに成功している。これは興味深いところであろう。
 ただし利益や正当性、その帰結としての等価交換にこだわるのは果たして戦前日本外交だけの習性か、それは内政や、あるいはその他の国の外政機構と比較してどうであるのか、という疑問も湧いてくる。当然ながら国際環境の変質とも無関係に(無頓着に)同じ行動を繰り返したというのは本当だろうか(あまりに下等生物的ではなかろうか)、という疑問も生まれてこよう。とはいえこうした問いは不愉快な疑問ではなく、純粋に本書に触発されることで生まれてくる疑問である。
 また本書の別に優れた点は、こうした習性を抽出するにあたり、網羅的にこの時代の史実の再検証を行っていることだろう。例えば日英同盟対日露協商という政策路線対決について、また21か条要求をどのように評価するかなど、こうした史実の解釈についても著者は果敢に挑戦を試みている。戦前外交史研究の論点や、その評価の最新状況が把握できるレファレンスとしても、本書に非常な価値があることは間違いない。

帝国日本の外交 1894-1922: なぜ版図は拡大したのか

帝国日本の外交 1894-1922: なぜ版図は拡大したのか

服部聡『松岡外交―日米開戦をめぐる国内要因と国際関係』(千倉書房)
 本書が対象とするのは、まさに先述の細谷千博が通説的解釈を提示した松岡外交である。松岡外交についての一般的理解として定着しているのは、松岡が日独伊の三国同盟ソ連を加えた「四国協商」を形成し、米国に対する力の均衡を築くことを目指していたというものである。しかし松岡は独ソ戦が勃発するや否や、自分が二か月前に中立条約を調印したソ連をドイツと共に挟撃することを主張している。こうした松岡の異常性は、説明不能なものとしてある意味放置されてきた。
 本書はここに「戦時外交」という時限性・流動性を読み込むことで、再解釈に挑戦しているといえる。松岡外交に四国協商のようなグランド・デザインはなく、ここの政策は日々の情勢判断の中で生まれたものだった、というのが本書の解釈である。詳細は本書を読んでいただきたいが、既に欧州戦争が勃発し、主要国の力関係が平時以上のスピードと振れ幅で日々変化する中で、松岡は時々の情勢判断に基づき、政策を打ち出さざるを得なかった。対米関係を意識して様々な勢力と切り結びつつ、効果的に南進を実行する態勢をどのように構築するかが松岡の関心事であり、その中で政策は臨機応変に形成されたのである。本書を読むことで松岡外交は静態的、かつ錯乱した構想をもったものではなく、動態的で、(少なくともその都度の瞬間的には)合理的な構想をもったものとして、読者の前に再現される。
 この時期の日本外交は史料が十分に残っていないなどのネックを抱えていたが、本書は米国による日本の外交電報解読情報(マジック情報)などをこの補完の為に駆使し、かかる松岡外交の情勢認識を明らかにしている。史料的な制約から、松岡による最終的な意思決定は類推せざるを得ないという弱さはあるが、刺激に満ちた一冊であることは間違いない。多少刊行から時間を経ているが、本書の面白さに気付けたのは昨年宮下雄一郎『フランス再興と国際秩序の構想』を読み、「戦時外交」の時限性・流動性に気付かされたからであった。そういう意味で本書は私にとって「今年の本」であったので取り上げた。

松岡外交- 日米開戦をめぐる国内要因と国際関係

松岡外交- 日米開戦をめぐる国内要因と国際関係

山本章子『米国と日米安保条約改定―沖縄・基地・同盟』(吉田書店)
 戦後外交史も引き続き活発な研究が進んでいるが、今年は心なしか刊行点数が少なかったように感じられた。その中で一番面白い議論を展開したのが本書である。
 本書は安保改定交渉について、米国側、特に軍部(統合参謀本部)に焦点を当てたものである。安保改定交渉の研究において従来焦点を当てて分析されてきた米国側のアクターは、国務省や駐日大使館といった外交当局者であった。しかし本書は近年公開が進んだ軍部の文書を分析し、軍部こそが安保改定に対する最大の「抵抗勢力」であり、彼らが同意したことこそが転換点であったことを鮮やかに描いている。
 端的に要約するなら、軍部が安保改定に同意したのは、日本本土の基地の重要性が低下したからであった。1950年代後半の東アジアでは、朝鮮戦争が休戦状態となり、焦点は東南アジアや台湾へと移っていた。更にスプートニク・ショックなどを受け同盟国への動揺が広がる中で、軍は沖縄を軍事基地として確保しつつ、事前協議制度の調整や朝鮮半島有事の際の米軍出撃を認める「朝鮮密約」により、本土の基地機能を現状(旧安保)のまま維持できるなら安保改定を認める、という条件を米政府部内に提示し、その後の交渉でその達成を目指していくことになる。同時にそれは返還前で安保条約の制約を受けない、沖縄の基地負担増大という現状にもつながっていた。
 本書の意義は、軍部というアクターを組み込むことで従来の研究では必ずしも指摘されてこなかった、安保改定の持つ「構造」を明らかにしたことであるといえる。ただ構造を描きつつ、あえて分析対象を岸・アイゼンハワー期に限定するならば、米政府部内の政治(国務省国防総省・統合参謀本部間)などを描くことでより重層的なものが描けたかもしれないと思われる。いずれにせよ、重要な研究となることは間違いないだろう。

米国と日米安保条約改定ーー沖縄・基地・同盟

米国と日米安保条約改定ーー沖縄・基地・同盟

添谷芳秀『日本の外交―「戦後」を読みとく』(筑摩書房・ちくま学芸文庫)
 最後に取り上げるのは概説書である。2005年にちくま新書で出版された『日本の「ミドルパワー」外交』のアップデート版である本書は、コンパクトながら占領期から現代まで、戦後日本外交を歴史的に通観するのに優れた一冊である。また今年は同じくちくま新書で出版された宮城大蔵『海洋国家日本の戦後史』もちくま学芸文庫で出版された。最近のちくま新書の日本政治・外交関連は首をかしげるような本も少なからず出ているが、こうした本が復刊されるのは喜ばしいことである。
 さて、本書で強調されるのは、憲法九条と日米安保条約という二つの柱からなる「吉田路線」に収斂せざるを得ない戦後日本外交の実情である。時にこうした構造を意識してか知らずか、ゴーリスト的に、あるいはパシフィスト的に振る舞おうとする政治指導者が出てきたが、それは現状の構造を変えることはなく、戦後日本外交は結局吉田茂の選択の範囲内で歩みを続けてきた。著者はこの構造を「見えざる手」として扱うのではなく自覚的に承認すること、またそれを前提とした外交戦略の構築(新書の時の表現であれば「ミドルパワー外交」の展開)を訴えており、その一貫性は評価できるところである。
 ただ本書の最大の難点は主張ではなくワーディングであろう。本書で著者は「ミドルパワー」という言葉がかつて誤解を与えたとしてそれを取り去っているが、果たしてそれでいいのだろうか。また現状の安倍政権が進める、戦後レジーム否定と日米安保強化が提携した外交路線を「安倍路線」、またその前段としての戦後レジーム日米安保の双方を否定する外交路線を「日本中心主義」と名付けているが、いずれについても文言の違和感がぬぐえない。政策を提言していくのであれば、ワーディングに対してはより慎重であるべきと思われるだけに、やや残念である。

日本の外交: 「戦後」を読みとく (ちくま学芸文庫)

日本の外交: 「戦後」を読みとく (ちくま学芸文庫)

■現代
 現代に関連する本としては阿南友亮『中国はなぜ軍拡を続けるのか』、遠藤乾『欧州複合危機』、ロバート・ケーガンアメリカが作り上げた”素晴らしき”今の世界』が印象に残った。

阿南友亮『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(新潮社)
 本書は改革・開放以後の中国の40年を描きながら、タイトルの問いに答える中国現代史である。本書の魅力はその構造的な議論の展開だろう。そこで取り上げられている無数の事実は、報道などで断片的に見聞きしてきたものだが、それがパズルのピースのようにかみ合っていく快感がある。
 本書の焦点は「バランサー」訒小平の功罪である。文化大革命から一転して、訒小平ら最高首脳部が改革・開放を進める中で、中国国内の格差は拡大し、また民主化要求は高まり、そうした不満は六四天安門事件を頂点とする形で噴出した。また国外では冷戦終結と東欧の共産圏ブロック崩壊が生じていた。このような情勢下でも訒小平共産党からの権力移譲はかたくなに認めず、暴力装置としての人民解放軍に依存し、体制を引き締める道を選択する。ここに代償としての軍拡への道が開く。また一方で、訒は中国との経済協力にメリットを見出す自由主義諸国と提携した経済発展路線を維持発展させた。それは格差の拡大と、民主化活動家の孤立無援を意味していた。
 先述したように本書はその構造的な記述で他を圧倒する。強大な軍事力と格差、多くの軋轢を抱えた今日の中国が誕生したのは、一義的には中国共産党の責任であるが、同時に著者は周辺諸国の対応もまずさも指摘する(特に天安門事件後、早期に中国への制裁解除に向けて動いた日本への批判は激しい)。そして本書はこうした中国の実情を踏まえた上で、「対中政策のオーバーホール」を行なうことを提唱している。
 なんとも壮大な「どうしてこうなった」の歴史であり、いちいち記述される内容に膝を打つと共に、鉛を飲み込んだような気分になる一冊でもある。

中国はなぜ軍拡を続けるのか (新潮選書)

中国はなぜ軍拡を続けるのか (新潮選書)

遠藤乾『欧州複合危機―苦悶するEU、揺れる世界』(中央公論新社・中公新書)
 本書は欧州連合EU)諸国のウクライナ危機、ユーロ、難民、テロなど、複合的な危機の状況を描く一冊である。日本屈指のEU研究者が、EUの構造に由来している、あるいは促進されている危機を構造的に分析しており、時事問題を追うジャーナリスティックな記述と構造的な説明が連動しており小気味よい。
 本書はともすればすぐ崩壊という議論に飛びついてしまいがちな、EUという特殊な共同体を多面的に見る点で有益であり、それはひるがえって国民国家体制についても多くの知見を与えてくれる。山崎正和は本書について「秀抜な国家論」とも評しているが、全くその通りであるといえるだろう*1。本書は2016年10月に出版された関係で、当然ながらその後にあったオランダ、フランス、ドイツなどの選挙は反映されていない。ともすれば水物の本と思われるかもしれないが、本書のリーチは十分に長いと考えられる。一年以上を経た本エントリの執筆時点でも依然有益な一冊だと思われる。

ロバート・ケーガン(副島隆彦・古村治彦訳)『アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界』(ビジネス社)
 「安全保障は酸素のようなものである。失ってみたときに、はじめてその意味がわかる」という言葉はある国際政治学者の言葉であるが、本書はそのフレーズを想起させる一冊であった。元々は2012年の米大統領選挙の際、ミット・ロムニー陣営に与した著者が政治パンフレットとして書いた本であるが、本書はオバマ政権のその後の対外政策路線にも影響を与えたと言われる。
 本書はアメリカ衰退論に対抗して、アメリカの覇権と世界秩序維持への責任を論じるものだが、その指摘は意外と冷静である。軍事力における卓越性、開放的なコミュニケーションの提供、世界のGDP総計におけるアメリカの一定のプレゼンスといった実態を指摘しつつ、「文句はあっても、悪意が乏しく、嫌々やっていることがわかるアメリカの世界への『おせっかい』を国際社会は許容している」とする。
 第二次世界大戦後、世界秩序構築にアメリカ(とその同盟国)が果してきた役割を振り返りつつ、ケーガンは、実力という意味でもインセンティブという意味でも、果たしてこうした責任を負う国が他にあるだろうか?と問うている。
 想像されたよりはマシとはいえ、自国優先を掲げる米国の政権の乱痴気騒ぎと、中国やロシアといったおよそ「気前のよい」秩序維持には関心がない国家の台頭が指摘される今日、ともすれば動揺するところであるが、情勢判断においてどこに立脚すべきかを再度思い起こさせてくれる一冊ではあった。

アメリカが作り上げた“素晴らしき

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

■政治
 政治というカテゴリーも広いが、今年印象に残ったのはピーター・バーガー/アントン・ザイデルフェルト『懐疑を讃えて』、宮澤喜一中曽根康弘憲法大論争 改憲vs.護憲』、萩原稔/伊藤信哉編『近代日本の対外認識II』、河野有理『偽史政治学』の四冊であった。

ピーター・バーガー/アントン・ザイデルフェルト(森下伸也訳)『懐疑を讃えて―節度の政治学のために』(新耀社)
 本書のテーマは、近代化の進展により自明のものが次々掘り崩された現代社会において台頭した二つのイデオロギー相対主義ファンダメンタリズムといかに対峙し、一線を守った思索を行なうかという問題である。
 あらゆる価値観が相対化する中で、底が抜け、ただのニヒリズムと化した相対主義と、「あったはずの価値観」を掲げながら、自分たちが相対的なものに過ぎないという不安を実は知っているファンダメンタリズムの双方を退けるために著者らが採用するのは、「懐疑」を伴う思索である。
 ただ疑うのであれば相対主義と変わらないが、本書の懐疑はそこにボトムラインを引いている。つまり歴史的、社会的に形成された人道、あるいは人間性(humanity)を否定するものは、断乎として拒否するということである。そして著者らはこうした懐疑の態度を政治運営の中に組み込んでいる、組み込みうるという点において、リベラル・デモクラシーと、それを支える国家、市場、市民社会の鼎立を擁護する。
 本書は近代主義の礼賛である。しかし論理的に考えて行けば底が抜けるところまで行ってしまう、というジレンマがある時、歯止めをどのように構築するのかという点で、個人的には非常に有益な一冊であった。
 無論言うは易し、行うは難しで、このような近代主義者の地盤が崩れていることこそが問題であるのだが、それはまた別の問題である。

懐疑を讃えて―節度の政治学のために

懐疑を讃えて―節度の政治学のために

宮澤喜一/中曽根康弘『憲法大論争 改憲vs.護憲』(朝日新聞社・朝日文庫)
萩原稔/伊藤信哉編『近代日本の対外認識II』(彩流社)
 近代主義と政治、という連想ゲーム的なもので言うと、やはり興味深かったのがこちらの二冊である。護憲派改憲派の二大巨頭の憲法論議かと思いきや、むしろ本書は二人の政治観を浮き上がらせている。
 本書において双方は戦後日本の平和的な歩みを評価しつつ、議論の仕方において違いを見せる。一方の中曽根はわかりやすいほどの近代主義者である。憲法は時代の実情に合っていない、国民の気風を削いでいる、だからこそ現行憲法の理念を活かしながらよりよい憲法を作る為、公正明大に改憲論議をしたいと訴える。
 他方の宮澤はずっと興味深い。改憲に一定の意義を認めつつも、政治的なリソースを大きく浪費するほどの意義があるのか疑義を呈し、既に現行憲法を使いこなすことに習熟しているのであるし、「あのドイツでも二回間違えた」からと日本もどうなるかわからないと述べる。一方で集団的自衛権の行使(この当時の政府解釈は保有しているが行使できないだった)について、日本近海とアメリカ近海で米軍艦船を助けることを一緒にするのは「学者ばか」のすることだと論じている。
 中曽根の明朗極まりない政治観と宮澤の秘教めいた政治観は全く噛みあわない。宮澤の発言はどこかしら「牧民」的でさえある。しかしどちらが有効であるのか、しばし考えさせられるところがあった。
 また、このような中曽根のある種のモダンさの来歴については、『近代日本の対外認識II』所収の小宮一夫の論文「『改憲派』の再軍備論と『日米同盟』論―徳富蘇峰・矢部貞治・中曽根康弘」にも教えられるところが多かった。ひるがえって宮澤の来歴が気になってしまうところでもある。

近代日本の対外認識 II

近代日本の対外認識 II

河野有理『偽史の政治学―新日本政治思想史』(白水社)
 本書はタイトルとなった権藤成卿を扱った論文をはじめ、明治以後の多種多様な政治構想を扱った論文集である。政治の実践に関して「演説」を重視した福澤諭吉に対して、「翻訳」を重視し、そこから「道」を求めようとした阪谷素、偽史の著述を通じて自らの社会構想を語った権藤成卿、「いやさか」によって一種の共同体構築を目指した後藤新平など、一見登場する人間は奇矯な人間ばかりである。
 もちろん本書はそうした珍獣名鑑として読んでも飽きないが、政治思想史の方法論を扱った記述であり、またそのミッションを示した記述である序章「丸山から遠く離れて」を一読すると、日本政治思想史として彼らを扱う意味が明瞭にわかる。この一本線を通した序章を読むと、彼らはただの珍獣ではなく、ともすれば狭く考えてしまいがちな「政治」という概念の幅の広さを提示してくれる存在として立ち上がってくるのである。そうしたことを想起させてくれる点でも、正しく政治思想史の仕事といえるだろう。

偽史の政治学:新日本政治思想史

偽史の政治学:新日本政治思想史

■歴史
 このカテゴリーの本としては、大澤武司『毛沢東の対日戦犯裁判』、前田亮介『全国政治の始動』、富田武/長勢了治編『シベリア抑留関係資料集成』が印象に残った。

大澤武司『毛沢東の対日戦犯裁判―中国共産党の思惑と1526名の日本人』(中央公論新社・中公新書)
 本書は中国で戦犯として裁かれた将兵と、彼らをめぐる中国の対日政策を扱った研究である。中国政府は戦犯に寛大な判決と、戦争犯罪を強く認めさせる「認罪」を行なわせる。中国政府は彼らを触媒として、中華民国と国交を結んだ日本との接触を試みる意図を有していたが、これは奏功せず、やがて中国は自民党政権との接触を開始する。一方で帰国した将兵は「中国帰還者連絡会」を発足し、日中和解に奔走するようになるが、それはその後の日中関係の展開の中では齟齬もきたすようになる。
 本書の魅力は、何よりも現代史ならではの著者と中帰連という題材の距離感の近さにある。外在的に見た時、贖罪に奔走した中帰連を「洗脳された」というロジックで説明するのは容易である。しかしながら、本書は著者ならではの距離感によって、実際に戦場で過酷な体験をした将兵が彼らなりの贖罪を果そうとしたという、内在的なもう一つのロジックが暗に提示されている(特に分裂した「中帰連(正統)」の一種異様な贖罪へのこだわりを説明できるのはこのためであろう)。
 また一方で、本書の著者がただ対象に寄り添うのではなく、歴史家として冷静に、彼らを利用しようとした中国政府の思惑という政治のダイナミズムも描いていることが本書を際立たせている。政治のダイナミズムと、「戦争と折り合いを付けられなかった(折り合いを付けられないように仕向けられた)」人たちの生きざまが交差する、優れた歴史であると感じられた。

前田亮介『全国政治の始動―帝国議会開設後の明治国家』(東京大学出版会)
 本書は1890年の帝国議会の開設後、利益調整をおこなう「全国政治」のシステムがどのように形成され、政党がいかに伸張したのかを描く研究である。
 大きなテーマに対して編年で幅広い叙述をするのではなく、本書が各章で扱うテーマは北海道政策、地価修正、治水、銀行と個別具体的である。しかし本書の興味深い点は、この「おいしいとこどり」といいった感のある四つの政策争点を連ねていくと、確かに「全国政治」というビジョンが浮かび上がってくることであろう。
 政治叙述のあり方として非常に面白く、考えさせられるところが多々ある一冊だった。

全国政治の始動: 帝国議会開設後の明治国家

全国政治の始動: 帝国議会開設後の明治国家

富田武、長勢了治編『シベリア抑留関係資料集成』(みすず書房)
 本書はシベリア抑留の始まりから戦後補償まで、日米ソから幅広く主要文書を渉猟し、邦訳編集した資料集である。シベリア抑留研究会の発足以来、精力的に続けられている学術研究としてのシベリア抑留の成果物として、刊行されたことを高く評価したい。

シベリア抑留関係資料集成

シベリア抑留関係資料集成

■人物
人物に関する著作は政治家・官僚・知識人・軍人・スパイと、全く異なったものを選ぶことになった。

高村正彦『―振り子を真ん中に』(日本経済新聞出版社)
 本年「私の履歴書」として日経本紙に掲載され、間をおかず刊行された。現役の自民党副総裁の回想録である。政策通として知られる人物だが、本書の面白さは、淡々と鋭い言葉が並ぶ一方で、政治家ならではの行間で語らせる部分がにじんでいるところだろう。TPPをめぐる党内調整の話などはなんとも含蓄に富んでいる。

振り子を真ん中に 私の履歴書

振り子を真ん中に 私の履歴書

國廣道彦(服部龍二、白鳥潤一郎解題)『回想「経済大国」時代の日本外交―アメリカ・中国・インドネシア』(吉田書店)
 本書は本年物故された外交官の回想録である。題名にあるとおり、1950年代、復興が始まった頃に外務省に入省し、「経済大国」時代に幹部クラスで経済外交とアジア外交を専門領域として担った人物の回想録である。
 官僚の回想録には一般人より目を通しているつもりであるが、回想録一般と比べても、史料としての価値は高いが話は面白くないもの、あるいはその逆に話は面白いが史料としての価値は低いというアンバランスが存在するように思われる。そうした点からすると、本書は双方のバランスが調和している稀有な例であると思われる。
 細かな実務の記録、政策や人間関係についての率直な評価、時折挟まれる不器用なユーモアは、十分な密度を持っており、外交官の生き生きとした働きぶりを示してくれている。特に日本外交史に関心があるなら必読だろう。

回想 「経済大国」時代の日本外交--アメリカ・中国・インドネシア

回想 「経済大国」時代の日本外交--アメリカ・中国・インドネシア

山崎正和(御厨貴・阿川尚之・苅部直・牧原出編)『舞台をまわす、舞台がまわる―山崎正和オーラルヒストリー』(中央公論新社)
 本書は美学研究者、劇作家としてそのキャリアをスタートし、幅広く活躍した人物のオーラル・ヒストリーである。そのような特異な人間の履歴書としても、山崎自身の著作解説としても、社交や交際を軸にした文明論としても、戦後日本論としても、学際系の学問のあり方を論じた本としても、知識人と社会の関係を描いた本としても読めるという、異例の本である。良い意味でどこまでも近代的な山崎の生きざまには魅了される。
 また、本書の魅力は詳細な脚注であろう。その文献の博捜ぶりには舌を巻くばかりである。

ヘルマン・ホート(大木毅編・訳・解説)『パンツァー・オペラツィオーネン―第三装甲集団司令官「バルバロッサ」作戦回顧録』(作品社)
 第二次世界大戦中、卓越したドイツ軍戦車部隊指揮官として知られた将軍の著作である。半分は独ソ戦初期の作戦回顧録、半分は『国防知識(Wehrkunde)』誌に掲載された戦史や作戦に関する各種文章から構成されている。訳者である大木氏の精力的な(という言葉では到底足りない)仕事の成果である。
 単純に戦史の叙述としても、また軍司令官レベルからは、このように戦場の風景が見えるのか、という意味でも本書の内容は興味深い。またその記述のスタイル、つまり後進に向けた教訓戦史であることを明瞭に打ち出していることも印象に残った。

パンツァー・オペラツィオーネン――第三装甲集団司令官「バルバロッサ」作戦回顧録

パンツァー・オペラツィオーネン――第三装甲集団司令官「バルバロッサ」作戦回顧録

デイヴィッド・E・ホフマン(花田知恵訳)『最高機密エージェント―CIAモスクワ諜報戦』(原書房)
 上の四点は回想録ないしオーラル・ヒストリーであるが、本書は1977年から85年までモスクワで米国CIAに情報を流し続けたソ連人技術者、アドルフ・トルカチェフをめぐるドキュメンタリーである。ソ連の現体制に幻滅し、冷静でありながら情熱的に職務を遂行し、ソ連の航空機技術開発に大打撃を与えるトルカチェフ、モスクワで最初の本格的なヒュミント活動を成功させるため、トルカチェフの身を案じながらも奮闘するCIAエージェントたちのやりとりは中々心を打つものがある。エピローグも含めて読み応えのある一冊といえるだろう。

最高機密エージェント: CIAモスクワ諜報戦

最高機密エージェント: CIAモスクワ諜報戦

■最後に
 面白かった本を項目ごとに整理していくと際限がなくなってしまい、またかえって文字数にムラが生じることとなってしまった。ここら辺でまとめとしたい。

 カテゴリに収まらない関係で最後に取り上げたいのは、谷口功一・スナック研究会編『日本の夜の公共圏―スナック研究序説』(白水社)である。社会科学・人文学を専門とする研究者たちが、日本国内に無数に存在するスナックを研究したという、一見ふざけているのかと思う一冊である。

 しかし、その内容は単純におもしろく幅が広い。スナックが法的にはどのような存在なのか、スナックが一種の公共施設として機能しているとはどういうことなのか、そもそも人にとって、酒を呑む場所とは、酒を呑む行為とはいかなるものであるのかと、社会の中でスナックという存在が盲点となっていたこと、それを見ることで多々触発される部分があることを本書は明らかにしている。

 色々とツールを駆使してみて、ただの技自慢道具自慢でもなく、また単に面白いのでもなく、見えなかったものが見えてくるというのは正しい意味で学際的ではなかろうか、そういうことを教えてくれる一冊であった。

日本の夜の公共圏:スナック研究序説

日本の夜の公共圏:スナック研究序説

2016年の本

 あっという間にまた一年が終わる。今年は読書メーターを利用することでまともな読書記録をつけるようにしたのだが、どうも80冊弱本を読んでいたことがわかった。例年こうした記録をとっていないので明確な比較の基準がないが、新書の類をほとんど読んでいないことに気づかされる。それにしてもこうしたサービスを使うと、あれも読んでいないしこれも読みかけで終わった、などというものが山のようになっていることに気づき憂鬱になる部分もあった。これからもそうしたぼやきを重ねながら歳を取ることになりそうである。

 今年読み終えた本を対象として、印象に残った本を整理した。昨年同様、ある程度のまとまりをもって整理したつもりである。おおむね今年出た本が対象となった。去年出た本はうずたかく積まれたまま。恐ろしいことである。

■外交史
 わたし自身が強い関心を持っている外交史研究で、特に印象に残ったのは宮下雄一郎『フランス再興と国際秩序の構想』、中谷直司『強いアメリカと弱いアメリカの狭間で』、佐橋亮『共存の模索』の三作だった。なかでも前二作は、政治外交史という手法であればこそなし得た研究であろうという印象を強く受けた。

宮下雄一郎『フランス再興と国際秩序の構想―第二次世界大戦期の政治と外交』(勁草書房)
 本書は1940年のフランス第三共和制の敗北後、シャルル・ド・ゴールと自由フランスという政治勢力が、「フランス」を継承していると自称した、あるいは見なされた様々な勢力との抗争の中で、どのようにして正統な「フランス」という地位を獲得したのか、更に来るべき戦後世界でいかなる国際的地位を獲得しようともがいたかを描いた、危機の時代のフランス外交史研究である。

 本書におけるド・ゴールの姿には、「政治の芸術家」というスタンレイ・ホフマンド・ゴール評を想起せざるを得ない。ド・ゴールは、政治に影響を与える様々なファクター ―正統性、力、制度や組織、リーダーシップ、更に時間など― を織り込みながら、見事にライバルたちに勝利し、当初は怪しげな亡命勢力に過ぎなかった自由フランスに確固たる政治的地位を与えることに成功する。著者はド・ゴールだけでなくジロー、ダルランといったライバルたち、そしてジャン・モネやルネ・マシグリといった人物たちの一挙手一投足を、なるほどと唸らされるような政治学的な洞察を散りばめながら、力強い筆致で描いていく。

 そして書名のとおり、本書はド・ゴールの権力の確立だけでなく、「フランス」がどのような戦後国際秩序を構想したかを描く。ド・ゴールやモネらの戦時中に検討した構想の中で、後世の人間がフォーカスしたのは、西ヨーロッパ諸国統合の構想だった。これは欧州統合が戦後現実のものとなっていった事実を踏まえて、その後に続く重要な萌芽となったのだと理解されてきた。しかしながら、著者は彼らの構想が戦時下という特殊な状況で作られたものであったこと、そしてそれはより大きな戦後国際秩序構想と重ねて考えるべきだと注意を喚起する。著者によれば、「フランス」の戦後国際秩序構想における中心的課題は「ドイツ対策」であり、西ヨーロッパ統合はそれを解決するためのオプションの一つであった。

 米英両国の手によって、国際連合を中心とする戦後国際秩序構想が固められていく中で、また戦後の欧州において間違いなく発言権を増すことが予期されたソ連との関係を模索していく中で、「フランス」は戦後国際秩序に適当な地位を獲得すること、ドイツ対策という政策課題との整合性を確保することを優先する。結果仏ソ間には対独同盟としての軍事同盟が成立し、また国連憲章には「自衛権」概念を挿入することに成功する。「フランス」は、何とか自国の安全保障を満たす外交的成果を得ることができた。しかしそのためには、彼らが構想していたいくつかのオプションを諦めなければならなかったし、西ヨーロッパ統合構想はそうやって諦められたものの一つであった。彼らの統合構想はのちの欧州統合に続くものではなく、一代で断絶した構想として歴史に姿をとどめるものであった。いずれは終焉を迎える戦時期という時間的制約の中で、更に国力の限界の中で、「フランス」は苦渋の選択を下さざるを得なかったことを、著者は広い国際政治史の文脈を再現することでほろ苦く描いている。

 さて、本書の魅力を伝えるのであれば、その文体にも触れないことにはいかない。著者の筆は人物を語るに雄弁で、事実を述べるに劇的である。「学問的禁欲」という言葉が通常イメージさせるようなものとは程遠いとさえいえるだろう。しかし、同時にその文体は決して過剰でも放埓でもない。まさにこうした歴史叙述をなすにあたっては、それが必要であるからこそそうしているのだろう、と読者を十分納得させるようなものがそこにはある。また脚注、索引などを合わせておよそ500ページに及ぶ本書の内容は濃密だが、冗長な部分があると感じさせる部分はない。読者は本書を読み終えたあと、その内容が細密でありながら、無駄なものが徹底的にそぎ落とされたものであることに気づくのである。

 本書は歴史、政治、人物、そうしたものへの洞察に溢れ、また同時に魅力的な歴史ドラマでもあるという、稀有の学術書であるといえるだろう。簡単に論旨を説明するつもりが書きすぎてしまったが、後悔の念はない。本書を今回のエントリの筆頭に置くのもまた必然であったと思う。

中谷直司『強いアメリカと弱いアメリカの狭間で―第一次世界大戦後の東アジア秩序をめぐる日米英関係』(千倉書房)
 本書もまた、政治外交史という手法であるからこそ可能な「外交の瞬間」を描き出した著作である。本書がその検討の対象とするのは、第一次世界大戦後、1919年に開催されたパリ講和会議ヴェルサイユ会議)から1922年に閉幕するワシントン会議までの間に、東アジアの列強である日英米三か国の外交政策がどのように収斂していったのかの試行錯誤のプロセスである。

 従来この三国間関係は、中国に対する政策をめぐり、かたや門戸開放の「新外交」を求めるアメリカ、かたや自国が既に大陸に確保している権益を維持可能な国際秩序(著者はこれを「勢力圏外交秩序」と表現する)を支持する日英が相容れない関係にあって対立していたが、しかしながらそれがワシントン会議に至り、ようやくその秩序観を調和させ、真の大国間協調に達したと描かれてきた。

 しかし著者はワシントン会議より以前から、既に日英も旧来の勢力圏外交秩序を維持していくことが困難であることを認識し、「新外交」への接近を進めており、三国の秩序観は協調可能なものに変容していたこと、一方でそうした変容を相互には理解するに至っていなかったことを明らかにしていく。パリ講和会議、新四国借款団結成交渉など、中国問題について折衝を繰り返した三国は、トライ・アンド・エラーによって、折衝上の障害(満蒙権益の事実上の除外など)に合意し、また相互の秩序観についての誤解を取り除いていった。著者によれば、ワシントン会議の成果は劇的な関係国の政策転換によってもたらされたものではなく、既にそれまでに起きていた変容を相互に確認できたことでもたらされた、とでも理解すべきものなのである。

 こうした歴史叙述の中で、著者は注目すべき指摘を行なう。まず、日本政府は既に、パリ講和会議の時点において、勢力圏外交秩序からの知られざる「脱却」を果たしていたこと。そして、日米英の三国が協調関係を形成するには、アメリカが明白な形で(かつ夜郎自大ではない形で)東アジアの国際政治にコミットする必要があったこと、そしてアメリカがそうした意志を真に有していることを、第三の当事国である英国が認識できるようになることこそが決定的要因であった強調しているのである(これが標題の「強いアメリカ」「弱いアメリカ」に繋がる)。

 著者はそのプロセスを実に魅力的に描く。「勢力圏」の解体を提唱するウィルソン主義を逆手にとり、ある意味行きづまり状態にあった自国の勢力圏を脱して、外交的地平の拡大を模索した日本の外務官僚たち、交渉のさなか、本国からの訓令の微妙なニュアンスの変化から空気の変化を察知し、独断的提案を行なった交渉者たち、疑心暗鬼の関係にある三つの政府同士が、相互の交渉の積み重ねの中で変心し、結束したり離反したりする様子といった、まさに一筋縄ではいかない外交の瞬間を本書は描き出している。入江昭、三谷太一郎、細谷千博、麻田貞雄、佐藤誠三郎と、大家の業績がずらりと並ぶこの時期の外交史研究に新風を吹き込む研究であったといえるだろう。

佐橋亮『共存の模索―アメリカと「二つの中国」の冷戦史』(勁草書房)
 この項最後の佐橋本は、前二者が比較的短期間の外交を、濃密に、内在的に描くのとは少し立場を異にする。国際政治理論にも目配りをしつつ、トルーマン政権からカーター政権までの長期の米国の対中・対台湾政策史を描く本書は、核時代という危険な時代に、同盟国である中華民国(台湾)の信頼を獲得しながら、同時に共産中国との決定的な対立を回避し、共存を目指す米国外交の一つの「型」とでもいうべきものをシャープに析出している。中国の隣国である同盟国民としては、米中という大国間関係運営の容易ならざるものと、その狭間の同盟国はどのようにあるべきか、という今日的な示唆を得るところも少なくない一冊といえるだろう。装丁の美しさも印象的である。

共存の模索: アメリカと「二つの中国」の冷戦史

共存の模索: アメリカと「二つの中国」の冷戦史

■戦後日本外交
 昨年2015年9月には平和安保法制が国会で成立、16年3月には施行された。2014年7月の集団的自衛権行使の憲法解釈変更に続く、安全保障政策のドラマティックな「転換」を受けてか、今年は冷戦以後の日本外交を、特に安全保障の側面から問い直す優れた著作が次々と発表された。ここで取り上げたいのは、添谷芳秀『安全保障を問いなおす―「九条-安保体制」を越えて』、篠田英朗『集団的自衛権の思想史』と、白石隆『海洋アジアvs.大陸アジア』、野添文彬『沖縄返還後の日米安保』、宮城大蔵・渡辺豪『普天間・辺野古 歪められた二〇年』、最後に宮城大蔵『現代日本外交史』である。

添谷芳秀『安全保障を問いなおす―「九条-安保体制」を越えて』(NHK出版)
篠田英朗『集団的自衛権の思想史』(風行社)
 添谷は日本外交の専門家、篠田は平和構築の専門家と異なった学問的背景を持ちながら、二人の著作は、同じ問題を異なった視点から論じている。日本国憲法九条と日米安保条約の組み合わさったことによって形成されたユニークな日本の安全保障政策、添谷の言葉を使えば、「九条-安保体制」、篠田の言葉を使えば「戦後日本の国家体制」の磁力と、それがもたらす国際協調主義の衰退である。

 全く異なる国際環境の下で生まれた憲法九条と日米安保条約が組み合わさったことで作られたこの「体制」は、改憲と明示的な軍備強化を求める「右」も、その逆を求める「左」をも退け、冷戦期の日本外交を「見えざる手」として拘束した。この体制の下でうやむやの内に採用され、やがてある程度自覚的に選択されるようになった軽軍備・経済重視などと称される政治路線は、戦後日本に経済的繁栄をもたらす。しかしこの路線も、冷戦の終焉と、湾岸戦争の衝撃によって動揺することとなる。

 添谷は冷戦後、こうした国際環境の変容に対応するため、国際平和維持活動(PKO)に積極的に参画し、ASEAN地域フォーラム(ARF)やASEAN+3などを通じ、アジア太平洋地域の秩序形成にも積極的に参画するようなった90年代の日本外交を「国際主義」の覚醒期として描く。しかしながらこうした国際主義的な日本外交は、中国・韓国・北朝鮮といった隣国との外交上の摩擦が激化する中で、自国の安全保障以外を考慮せず、思想的にも保守化・右傾化し、改憲を求める「自国主義」にハイジャックされた。添谷によれば平和安保法制はそうした文脈の中で生まれたものだったが、「九条-安保体制」の磁場はなお強く、結局平和安保法制は骨抜きされ、「体制」の枠内にとどまるものとなった。

 一方、篠田は同じ「体制」について、憲法との関係から接近する。篠田は憲法上に明記されていない「自衛権」の担い手、「立憲主義」、「最低限の自衛」といった概念、さらに日本国憲法日米安保条約の関係を、憲法学者たちがどのように論じてきたかを詳述し、昨今の安全保障政策をめぐる政局の中でも金科玉条のように扱われてきた憲法学者たちの法理の実際を暴き出す。

 そして主流派の憲法学者たちが「八月革命」説によってアメリカによって主導された憲法制定プロセスの実際を、「必要にして最小限の自衛」としての自衛隊と個別的自衛権を容認しつつ、実際の安全保障の少なからぬ部分を日米の安全保障条約に(つまり米軍に)依存しているという構造を、それぞれ覆い隠してきたと指摘する。篠田によれば日本政府が依拠してきた内閣法制局自衛権に関する法理も、こうした憲法学者たちの議論によって理論的に下支えされたものであった。1972年の個別的自衛権のみの行使を認める政府見解も「内向き」であることが米国に容認される冷戦下の国際環境下で形成されたものだった。

 篠田によれば、冷戦を背景にして日米が協調を築けていた以上、冷戦終結後にこの路線が動揺することは必然だった。そして日本外交は対米従属へと傾斜したと篠田は論じる。2000年代以後、「有志連合」としての自衛隊派遣が優先されPKOへの自衛隊派遣が停滞した事実を指摘して、結局こうした国際貢献もまた対米協調の中の文脈にあったのだと指摘している。2014年の集団的自衛権行使の解釈変更においても、1972年見解の法理は生き続けた。それは対米従属を所与の前提として、自国防衛のオプションとして、ごく限定的な集団的自衛権行使を容認したものであると、篠田は論じ、日本の「体制」は何も変わらなかったと嘆じる。

 二人の著書は全く違う経路をたどりながら、同じ結論に至る。憲法九条と日米安保体制によって構成された「体制」の強固さ、その体制の中で成立した平和安保法制の看板にそぐわない「内向き」な性質とおよそ「普通の国」とは程遠い「穏健さ」、またこうした「体制」が惰性によって続くことがもたらす外交・安全保障政策の弛緩、ひいては日本政治そのものの弛緩である。二人はいずれも真の国際協調主義に基づいた外交政策を展開すべきことを訴えるが、自ら認めているように、こうした主張は今の日本では支持者の少ない、なんともか細い声である。二人の訴え、そして両者に共通する熱を帯びた文体は、湾岸戦争への日本政府と日本社会の反応に危機感を募らせ、改憲の必要性を訴えるようになった高坂正堯の姿を思い出す部分さえあった。相補的な、知的刺激に満ちた二冊といえるだろう。

 ただあえてこの二冊に優劣をつけるなら、かなりキワモノめいた文献を参照しつつ日本外交を描き、また憲法学者のあり方を「暴露」したことで本旨と無関係にインターネットで俗受けした感さえある篠田の本より、わたしは添谷の本をより推奨したいと考える。篠田が「体制」とアメリカとの関係(というよりも日本の対米感覚だろうか)に焦点を当て、悲憤慷慨して終わるのに対し、添谷はこうした「体制」への無自覚を嘆きながらも、オーストラリア、韓国、ASEANといった周辺諸国との政策協調を「自国主義」を鮮明にせず進めることで、「自国主義」者たちが警戒する大国・中国との関係をヘッジし、外交的地平を拡大できることを説いている。

 確かに添谷は「体制」を超克し、未来志向の国際主義的な改憲を提唱しており、上記の政策協調も実はそうした中で実施すべきだと論じられている。しかし、少し引いて考えれば、これは「体制」のありかたに自覚的であれば、その枠内でも(つまり現状の中でも)不可能ではない外交政策といえるだろう。改憲が必要となる「体制」の解体以前に、日本外交にはやるべきことが多々残っているということを指摘している点で、「体制」の中でも日本外交は変わりうることを示唆している点で、添谷の本にわたしはより豊かな可能性を感じた*1

安全保障を問いなおす 「九条-安保体制」を越えて (NHKブックス)

安全保障を問いなおす 「九条-安保体制」を越えて (NHKブックス)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

白石隆『海洋アジアvs.大陸アジア―日本の国家戦略を考える』(ミネルヴァ書房)
中山俊宏「『衰退するアメリカ』のしぶとさ――日米同盟を『再選択』する」杉田敦編『岩波講座現代(4)グローバル化のなかの政治』(岩波書店)
 さて、添谷の議論のように、アメリカ一国のみならず地域に目配りし、その中での日本の立ち位置を考えるという点で、インド太平洋地域の現状をダイナミックに描く白石の著書は極めて示唆に富んでいた。「陸のアジア」であるインドシナ半島において、国境を越え、南北を縦断する中国主導のインフラ投資、あるいは東西を縦断する日本主導のインフラ投資は、いかなる変容をもたらしているのか。かたや「海洋のアジア」であるフィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポールはどのような状況にあるのか。紋切り型ではない、本来的な意味での「地政学」を考える点でも、またルールの強制はできないが、ルールの形成には影響を与えうる「大国」として、日本はどのように行動するべきなのかを考える点でも示唆に富んでいる。こうした点では、論文集の中の一本であるが、日米両国のグローバルな立ち位置を踏まえて、近年の動きを日米同盟の「再選択」と表現した中山の論文もまた合わせて読む価値がある、興味深いものだった。

野添文彬『沖縄返還後の日米安保―米軍基地をめぐる相克』(吉川弘文館)
宮城大蔵・渡辺豪『普天間・辺野古 歪められた二〇年』(集英社新書)
 今年も(不幸なことに)沖縄の米軍基地をめぐる議論はやむことがなかった。普天間基地の返還合意から20年を経て、もはや泥沼の状態と化した感さえある基地問題だが、その歴史的な曲折を踏まえずに論じることは危険だろう。従来、森本敏普天間の謎―基地返還問題迷走15年の総て』(海竜社、2010年)がまず参照されるべき一冊だとわたしは考えていたが、それをよい形で更新するような著作が今年は多数発表された(上記の他に50年代から現代までを扱った屋良朝博・川名晋史・齊藤孝祐・野添文彬・山本章子『沖縄と海兵隊―駐留の歴史的展開』旬報社も価値のある論文集だった)。

 野添は冷戦下、沖縄返還前後から80年代に至る時期を、宮城・渡辺は普天間合意以後から現在に至るまでを、それぞれ描いている。取り扱う時期も、書籍としての形態も違う両者の特色をあえて比較するならば、野添は日本政府・米国・沖縄という関係がもたらす、構造的なものを、宮城・渡辺はある種「アクシデント」の連なりとしてこの問題を描くことに力点をおいている。事象を把握するに際しては、いずれも忘れることはできない視点であろう。

沖縄返還後の日米安保: 米軍基地をめぐる相克

沖縄返還後の日米安保: 米軍基地をめぐる相克

普天間・辺野古 歪められた二〇年 (集英社新書 831A)

普天間・辺野古 歪められた二〇年 (集英社新書 831A)

宮城大蔵『現代日本外交史―冷戦後の模索、首相たちの決断』 (中公新書)
 この項の最後に取り上げたいのは、冷戦以後の25年を描いた『現代日本外交史』である。読みやすく、また明瞭に歴史を描いた本書を通読して、日本外交がこの25年の間に、いかに様変わりしたのかと、ある種のノスタルジーに浸らざるを得なかった。また国内政治にも目配りをした本書は、安全保障政策こそが日本政治の中で焦点となり、政党連立の組み替えを促進したという興味深い視点を提示している。沖縄問題同様、近視眼的にならず、日本外交を改めて再考する価値を持つ一冊といえるだろう。

■伝記・手記
河西秀哉『明仁天皇と戦後日本』(洋泉社新書y)
山崎拓『YKK秘録』(講談社)
アンドリュー・クレピネヴィッチ/バリー・ワッツ(北川知子訳)『帝国の参謀―アンドリュー・マーシャルと米国の軍事戦略』(日経BP社)
 人物に焦点を当てた本として、脈絡のない三冊をまとめてみた。『明仁天皇と戦後日本』は、まさに渦中の人である今上天皇という存在がどのように形成され、また日本社会と日本国民がどのように今上天皇の「人となり」を見出してきたのかを描いた、小著ながら示唆に富む評伝である。

 「平成流」とも評される固定的なイメージで天皇を捉えるのではなく、今上天皇ご自身の成長はもとより、社会の関心の移り変わりが象徴天皇のある側面を捉え、メディアによって増幅していくという関係を描き出しており興味深い。

 『YKK秘録』はいわずと知られた山崎拓・元自民党副総裁の議員手帳の日記的記述を元に構成された手記である。短くまとめてしまうなら、「生々しい政治家の姿を見ることができる」といったところだろうが、YKKの結成から山崎の落選(2003年)までの十数年が描かれることで、山崎拓加藤紘一小泉純一郎という中堅政治家が要職を歴任し、大政治家へと変貌していく(変貌させられていく)様子を知ることができるのが本書最大の魅力であるといえよう。微細なディティールの積み重ねを、十数年分通時的に読むことで匂い立つものがそこにはある。くだらないエピソードも非常に多く、興の尽きない一冊である。

 『帝国の参謀』は70年代から実に40年あまり、米国防総省アメリカの長期戦略を考え続けた伝説の人物の評伝である。シンクタンクランド研究所から行政府に転じたマーシャルは、冷戦期にはソ連との長期的競争に勝利するために、冷戦後は米国の優越を維持するために、何よりも適切な「診断」をなすべく、彼我の国力、政策選好、長期トレンドを把握するネットアセスメント室を主宰した。

 国防総省にはすでにシステム分析などの手法が持ち込まれていたが、一方でその種の手法が組織の持つ選好や、限定合理性を軽視することに懐疑的だったマーシャルは、同じような疑問を抱いた国防長官ジェームズ・シュレジンジャーの後ろ盾を得て、ネットアセスメントの歩みを少しずつ始めていく。幸運なことにマーシャルはシュレジンジャーだけでなく、後任であるドナルド・ラムズフェルド、ハロルド・ブラウンといった国防長官たちにも仕事の価値を認められ、ネットアセスメントは徐々に成熟し、マーシャルの薫陶を受けた人材は行政府や軍、学界に広がることとなる。

 マーシャル自身は「診断」の人であることに努め、採用すべき政策を提言する人間ではなかったが、こうした人的つながりを資産としてマーシャルの診断は実際の政策に反映されていくこととなる。それがソ連の弱点や政策選好を突き、無用な出費を拡大させる「競争戦略」であり、冷戦後の「軍事革命」と称されるイノベーションの模索であり、今日の「エア・シー・バトル」だった。

 アメリカと相手の実勢を把握し、更に双方の「癖」をつかみ、その真の実力を見極め、長期的なトレンドを予測する。マーシャルの「ネットアセスメント」には定まった手法はなく、ただ目的だけがある。しかも考えてみれば極めて普通のことを知ろうとしているだけである。ネット(全体)のアセスメントとはよく言ったもので、こうした手法に必要なのは本当に旺盛な知的関心と、判断の指標としての常識であろう。

 本書ではこうした融通無碍なネットアセスメントと、システム分析などに代表される還元主義との対比が繰り返し描かれている。マーシャルの弟子たちが書いた本書で強調される、還元主義への疑義と、生態学的ともいえる分析へのこだわりは、政治学の還元主義的な分析を厳しく批判する冷戦史家ジョン・ギャディスの歴史理論書『歴史の風景』を想起させるものがあった。

 一方でこのような手法が内包する問題は、時として固定的な「常識」による診断を始めてしまうということにあるだろう。マーシャルの偉大な点は、そうしたものを常に意識的に刷新し続けたことにあるように感じられる。著者たちは本書を「知の伝記」と述べているが、同時に本書は偉大な常識人の伝記であるといえよう。

明仁天皇と戦後日本 (歴史新書y)

明仁天皇と戦後日本 (歴史新書y)

YKK秘録

YKK秘録

帝国の参謀 アンドリュー・マーシャルと米国の軍事戦 略

帝国の参謀 アンドリュー・マーシャルと米国の軍事戦 略

■最後に
伊奈久喜『外交プロに学ぶ 修羅場の交渉術』(新潮新書)
 最後に取り上げたいのは外交に精通したジャーナリストとして知られ、今年4月に亡くなった伊奈久喜の著作である。伊奈は新聞・雑誌といった媒体での活躍のほかに、外務事務次官・駐米大使を歴任した東郷文彦の評伝『戦後日米交渉を担った男』(中央公論新社、2011年)と、『外交プロに学ぶ 修羅場の交渉術』(新潮新書、2012年)を残したが、ここでは言及されることが少ない後者を取り上げる。

 本書はその題名からもわかるとおり、ハウツー本として出版されたものである。「交渉のプロ」である外交官たちの営みが、どのようにビジネスの現場にも適用できるのかという体で、外交の現場で使われる交渉テクニックなどを論じたものだ。率直に言って、本書の企図はあまり成功しているようには見えない。文中に登場する、「これをビジネスシーンに応用すれば…」といった記述は、バリバリの職業軍人(元陸将補)で軍事関係の著作を多数出版した松村劭の本で、同じようなぎこちない記述に出くわした時のような居心地の悪さを感じた。Amazon等での決して高いとはいえない評価は、それを裏付けているともいえよう。

 伊奈の死を機に本書を久しぶりに読み返したが、本書をビジネス書ではなく、外交交渉の実際を理解するための本として読むなら、その評価は多少変わるだろう。本書では、著者自身が取材した、あるいは書籍や報道を通じて知った様々な外交に関するエピソードが散りばめられている(ちょっと見当違いかな?というものがあるのはあらかじめお断りしておく)。

 本書で伊奈が説明する、交渉がうまく行かなかった際に、「決裂」でなく「潜在的合意はあった」と宣言することの意義、外交交渉が原理原則論をぶつけ合う段階から、徐々に合意に向けたものへと変貌する様子などは、外交史研究や、報道を読んでいてもこれか、と気づかされる点が多々あった。また「逆説をあえて使う」「用心深い楽観論」といった思考方法も、さほど驚くものではないが、明示されることでそうしたものがどういう形で登場するのか、教えられる部分は大きかった。まさに外交の機微とも言うべきものを描いているという点で、本書は外交ジャーナリスト・伊奈らしい著作であったと思う。

 わたしは日経新聞の日曜版「風見鶏」欄で、伊奈が書くコラムを楽しみにしている一ファンだった。伊奈の文章は外交をめぐる戦略を、交渉を、人事を自在に論じて常に意表を衝かれるものがあった。『外交プロに学ぶ 修羅場の交渉術』を読み返しながら、伊奈の書いた文章がもう読めなくなることを、ひどく寂しいと感じる年の暮れであった。

外交プロに学ぶ 修羅場の交渉術(新潮新書)

外交プロに学ぶ 修羅場の交渉術(新潮新書)

*1:なお、篠田の著書で論じられている立憲主義の「本来の意味」については、Twitterでいくつか興味深い指摘をいただいた。下記リンクを参照。http://bit.ly/2hYT07Bhttp://bit.ly/2hdi7SOhttp://bit.ly/2hgsuar、hhttp://bit.ly/2hghGJbhttp://bit.ly/2ijkVMa

シン・ゴジラ論のあとのシン・ゴジラ論

前口上
 シン・ゴジラは映像の快感に満ち満ちた作品であった。何度となく繰り返される政治家や官僚たちの会議、自衛隊による整然としたゴジラへの攻撃、ゴジラを襲う無人在来線爆弾と高層ビル、そして鳥肌が立つほど美しいゴジラの熱線放射。どれもこれも素晴らしかった。

 本作を特異なものとしたのが、作品が社会現象として捉えられ、多くのシン・ゴジラ論が語られた点にあるだろう。教義の映画のレビューではなく、特集連載を掲載した日経ビジネスオンラインを典型として、「シン・ゴジラ論壇」は活況を呈した、あるいは呈するように仕向けられた。今しばらくこうした状況は続きそうな様子である。

 おそらく2016年を振り返るとき、無視できない作品となったシン・ゴジラであるが、わたしは8月頭に一回目を見たときから耐え難い違和感があった。しかしながらそれを文章化することにはためらいがあった。わたしがためらいを感じたのは、違和感という名のこだわりが、作品の特色として語られる「リアル」さというものに関わることであるからだった。それはある意味とても重要かもしれないが、娯楽作品としての映画そのもの、あるいは作り手の意図との関係において重大視すべきであるか、ためらいがあったのだ。

 ただ、上映開始から三か月弱の間に「シン・ゴジラ論壇」が活況を呈する中で、自分が覚えた違和感を誰も論じないことについて、今度は別の違和感が募ってきた。孤独感、疎外感といってもよい。そして活況を呈する「シン・ゴジラ論壇」の中で、シン・ゴジラはおおよそ「リアル」な作品だという前提で議論が進んでいくことにも疑問を覚えた。

 結果、わたしはシン・ゴジラの「リアル」さについての違和感を論じたエントリを書くことにした。くどいようだが、わたし自身、わたしのこだわる部分が作品の本質的なものと関係するものであると、必ずしも思っていない。ゆえに、作品の否定ではないと考えている。また、ある意味うがった側面から見ることで、シン・ゴジラという作品の特徴の理解を助ける部分があるのかもしれないとは思っている。そして、シン・ゴジラを現実の何かを議論するための跳躍台とすることへの強い疑問であることは確信している。「シン・ゴジラ論のあとのシン・ゴジラ論」と題するゆえんである。

 本題に移りたい。なおこの文章は作品内容に関する記述を含んでいる。

「政治」の希薄さ
 わたしがシン・ゴジラを見たとき覚えた違和感は、二点ある。その第一は本作における「政治」の希薄さであった。このように書くと、奇異に思われる人もいるかもしれない。シン・ゴジラの特色は、これまでの怪獣映画にない、濃密な政治描写にあったのではないか、多くのレビューも、そうしたことを述べていたのではなかったか。

 確かに、日本政府がゴジラの熱線によって壊滅するまでを作品前半部とするなら、前半部においてとりわけそうした描写は濃密であった。総理官邸で繰り広げられる会議に次ぐ会議、手続きの積み重ね、様々な役職名の乱舞は、それが力強いフォントでスクリーンに登場することも相まって、多くの人の印象に残るものだっただろう。

 しかし、ある人が指摘したように、本作で力点をもって描かれていたのは、「政治」ではなく「行政」であった。既に方向性を定められたことを、具体的な政策手段に落とし込み、行政組織が実行していくというプロセスだった。ゴジラの排除という方策を、淡々と推し進めていくプロセスの描写であった。

 それでは、わたしの言う「政治」とは何か、政策を実行する以前の段階、あるいは政策を実行していく中における、矛盾の調和、対立の調停のことだ。かつて政治学者・永井陽之助は「月に人間が行けるのは、月と地球との間に人間がいないからだ」「矛盾の統一とはアートである、政治は一種のわざである」という言葉を残している。この言葉は実に政治の性質を示していると思う。

 このままではいささかとっつきにくい、永井の言葉をわたしなりにかみ砕くなら、意味するところはこうなる。経済的な利益、人の情、合理性、道徳・倫理的側面、などなど、ある問題が論じられるとき、考慮されるべきものとして取り上げられる論理や価値観は多岐にわたる。こうしたものが併存したままで問題を処理できるのであれば問題はないが、現実の世界ではAという要素を優先したことで、Bについて不利益が生じるといった、矛盾や対立、不協和音を生じる。そうしたことをめぐって人間や集団が争うとき、どのような形で調停を行ない、問題を解決に進めることができるのか。それを達成することこそが、「政治」というアート(わざ、技芸)の最大の焦点であるということだ。

 こうしたものとして政治をとらえるとき、現実社会、とりわけ代議制民主政治が導入された社会において、このアートを駆使することを期待されている主たる存在が職業政治家であることがわかる。行政の担い手である官僚機構が特定のロジックに基づき、政策を実行できるのであれば何の問題もない。しかし実際にはしばしば論理は衝突し、あるいは感情面でも激しいもつれを引き起こす。そうした局面で方向性を定め、優先順位付けをし、あるいは当事者同士に妥協を求めるといった手段を駆使し、調整を行なう使命こそ、職業政治家に与えられているものといえる。かつて唱えられた「痛みを伴う改革」などといった政策パッケージを社会に提示できるのは、官僚ではない。それは本来政治家のみに可能なことである。

 さて、政治をこのように考えるとき、シン・ゴジラの前半部にそのような意味における「政治」や、「政治家」は、存在しただろうか。スクリーンに登場する日本政府の面々が相反するものにもだえ苦しむ様子はまず現れない。ゴジラの最初の上陸の際、射線上に避難民が発見されたことで、大杉漣演じる大河内総理がヘリによる攻撃を躊躇するシーンくらいであろうか。それから後はひたすら、行政は歯車のようにスムーズに動き、職業政治家であろう大臣たちもその一部として淡々と行動していく。矛盾や対立は表出することもなく、整然と進む。

「政治」なき世界のタバ作戦
 ところで、既に世に出ているシン・ゴジラ論の中には、本作の政府描写に、太平洋戦争における戦争指導の混乱や、縦割り行政や、あるいはイギリスBBCのコメディドラマ『Yes, Minister/Yes, Prime Minister』に描かれたような、政治家と官僚という、異なる立場の人間がかもし出すフリクションの要素を見出していた人もいたが、わたしはそれに同意できない。

 東京中心部と日本政府が壊滅する前半部のクライマックスに至るまで、政府組織は見事に一致団結して機能しているように描かれていたし、政官関係の不協和音もとくだん描かれてはいなかったからだ。五年前に現実に起きた、最悪の事態がわかっていても手を抜いたことでもたらされた「想定外」と異なり、文字通りの「想定外」に対して、シン・ゴジラの世界の日本政府は、行政は、よく対応していたといえるだろう。そして、それこそが本作における描写の問題だったと思われる。

 本作を「政治」の希薄さ、行政の論理の貫徹という観点でとらえると、それはゴジラの再上陸後、多摩川にて行われる自衛隊との戦いのシーン(タバ作戦)で頂点に達していた。ここで自衛隊は複数の作戦計画の中から、状況に応じた計画通りの作戦を実施する。しかしながら敗れる。相手はなにせ「想定外」であるから、負けたこと自体は仕方ない。大体において怪獣映画で自衛隊があっさり勝ってしまってはしまらない。

 それはそれとしても、なぜ多摩川だったのだろうか。作中では「首都侵入を許してはならない」というセリフが登場する。つまり首都の防衛、戦力の集中という観点からそれがなされたという風に考えるべきなのだろう。しかし、再度立ち止まって考えたい。それでは、神奈川県民900万人の生命と財産はどうなるのか。

 作中でこの問題は触れられていない。これが初回の上陸の際の決断、一刻の猶予もない時点の決断であれば、まだしも理解できなくはない。しかし、作中では最初の上陸から再上陸まで一定の時間的猶予があったように描かれている。官邸の新聞記者たちの「首都圏偏重の守り」といった会話も出てくるが、それもこの作戦の状況を示唆しているとは思えない。鎌倉に再上陸したゴジラは、神奈川県を蹂躙し、東京都との境界である多摩川に至りはじめて日本からの攻撃を受ける。なるほど首都侵入阻止やゴジラ迎撃のためにはそれも一つの手段だが、先述のとおり神奈川県は置き去りである。これはどういうことか。まさに「政治」が駆動すべき矛盾はなんら解消されず、放り出されたまま、軍事的合理性という論理がここではむき出しになる。

 わたしは、太平洋戦争末期、現実には起こらなかった連合軍の関東平野上陸作戦を題材にしたボード・ウォー・ゲームをプレイしたことを思い出した。日本軍側でプレイしたわたしは、湘南海岸に上陸した米軍との決戦を多摩川で行うことを企図した。それが一番戦いやすかったからだ。もちろんゲームであるから、わたしは関東平野を逃げ惑う避難民のことなど想像もしなかった。シン・ゴジラにおける自衛隊は、わたしのプレイを再現していた。

後半部における「政治」の発現、そしてアメリ
 さて、ゴジラの熱線放射以後を描く後半部では、前半部ではほとんど見ることができなかった「政治」が現れる。国連安保理―実質的にはアメリカ―による、ゴジラ核攻撃通告への対応という局面においてである。核攻撃を甘んじて受け入れ、首都とそこに住む人々の生活を失う代償に、復興支援を受け入れるのか、それとも被害を局限するゴジラ凍結プランを実施段階に進める賭けに出るのか。作中では後者が決断される。

 極限の決断としての「政治」を強いるのが、何よりもアメリカであるという本作のストーリーは興味深い。映画『パトレイバー2』のクライマックス直前、架空の「戦争」を再現してみせたテロリスト・柘植の前に、マヒ状態となった日本に対し「明日の朝までに状況が打開の方向に向かわなければ、米軍が直接介入する」という米国からのメッセージが投ぜられる瞬間を思い起こさせるものがあった。さて、わたしの二点目の違和感はここにある。アメリカ、いや「日米関係」の描かれ方である。

 アメリカに小突かれる形で決断を促された日本は、なんとか時間を稼いで準備を整え、自力でゴジラ凍結作戦(ヤシオリ作戦)を決行する。作中では日本とアメリカの関係について、日本人の登場人物たちが「属国」「戦後は続くよ、どこまでも」「傀儡」という刺激的な言葉を駆使する。こうしたキャッチーな言葉づかいや、核攻撃という屈辱を退け、自らの努力によってゴジラという難題を解決する作品展開に、本作におけるナショナリズムを見出すような議論も見られた。こうした日米関係の描写について、「国家には永遠の友も同盟もない」というパーマストン子爵のよく知られた言葉を引用して、訳知り顔でうなずくこともできるかもしれない。しかし本当にそれが可能だろうか。あらためてヤシオリ作戦のプロセスを考えたい。

 作戦のプロセスを思い返す時、この日本のプライドを賭けたヤシオリ作戦で、無視できない役割を果たすのがドローン部隊であることを思い出す。無人在来線爆弾の強烈な存在感の陰に隠れてしまった感があるが、波状攻撃を加えるドローンはゴジラのエネルギーを消耗させる捨て石となり、血液凝固剤注入への突破口を開く重要な位置づけを担っている。そして本作中のセリフによれば、このドローン部隊は、「在日米軍兵士の友情」で貸し出されたものだ。

あまりにも軽い「属国」という言葉
 首都への核攻撃の容認という極限の決断を突き付けながら(この通告に対し、わなわなと腕を震わせ、机に拳を叩きつける嶋田久作演じる片山臨時外務大臣の姿は、本作随一のシーンであった)、日本側が独自の作戦を提示するや、「友情」で作戦に不可欠のドローン部隊を提供するアメリカ。一族の来歴を振り返り、再度日本に核は落とさせないと奔走する日系アメリカ人の特使、パタースンらの力によって、政権内部の核攻撃推進論を押しとどめるアメリカ。これをどのように考えればよいのだろうか。

 わたしは一連の描写を劇場で観ながら、「属国」と自分たちのありようを自嘲しているように見えて、その癖いざという時には「宗主国」の温情に期待し、甘える、自分たちを卑下する言葉どおりに振る舞う、属国根性を見せつけられたように感じていた。ドローン部隊を「友情」で与えられなければ、高層ビルを破壊するために巡航ミサイルを発射するミサイル駆逐艦が提供されなければ(これは何の説明もなく登場する)、ヤシオリ作戦はどのように展開されたのだろうか?永遠の友も同盟もない、などという高尚なものはそこには存在しない。そこにあるのは「属国」といった刺激的な単語に批判的に言及しながら、結局「宗主国」の温情によってなんとか物事をなす、哀れな属国の姿である。

 ここで現実の日米関係の姿を振り返ってみたい。日米関係の来歴は、こうした作中のそれとはいささか異なった姿を示している。無残な敗戦から出発した戦後日本は、冷戦の勃発以来、核の傘に代表されるアメリカの手厚い安全保障を提供されつつ、経済大国として発展した。そして1970年代以後の世界においては、アメリカと手を携えて国際秩序で支える大国へと変貌した。安全保障の面におけるある種の非対称性は無視できるものではないが、この面でも日本は決して軽んじられるほど脆弱でもなかった。また、地理的にも変わらずアジアの要衝であり続けていることも無視できない。

 長い戦後の間に日米関係が大きく変貌してきたという歴史的事実をあらためて意識しながら、1993年の衆議院総選挙の際の政権放送で、宮澤喜一総理(当時)が述べていた言葉を参照してみよう。当時日本はバブル経済がはじけ、「失われた20年」に入りつつある時期にあったとはいえ、アメリカと並び立つ世界第二の経済大国であった。宮澤は直前に開催されたG7東京サミットの成果と、国際平和協力法(PKO法)の意義を強調する文脈で、このように語っている。

どんな問題でも各国の首脳は必ず、日本の代表であるわたくしの方を見て、日本が何を言おうとするのかなと注目をする、そんな時代になったわけでございます。戦後、みんなが懸命に努力したおかげで、日本は豊かな国になりました。そして、いま、世界有数の経済大国として、わが国にはそれにふさわしい貢献が求められております。…

 宮澤は戦時下大蔵省に入省し、占領期には英語力を買われてGHQとの折衝を担当し、しばしば屈辱的な経験をしたといわれる。その後宮澤は政治家に転身し、自民党有数の国際派政治家として着実にキャリアを重ねていったが、そのような人物がかかる言葉を発しているのは何とも印象深い。敗戦から半世紀弱が経過していたこの当時、宮澤は確かに日本が、日米関係をはじめとする国際秩序が変貌していたことを実感していたのだろう。ともすれば今を生きる人間が忘れがちなことではある。

 また、アメリカにとっての日本の価値、ということを考えるとき、東日本大震災直後の日本やアメリカの政府の対応を描いた船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』を参照してもよい。同書では福島での原発事故によって生じた放射能の影響をめぐって、米国政府内で鋭い対立が生じたことが描かれている。多数の在日米軍兵士とその家族が日本に居を構える国防総省は退去範囲の拡大を求め、一方で国務省はその後の同盟関係に修復しがたい傷をつけることを恐れ、拡大に激しい抵抗を示した。そこには単純な「宗主国」「属国」という垂直関係では捉えがたいものが日米両国の間にあることがわかるはずだ。それはおよそ愛情ではなく、打算的なものかもしれないが、お互いがお互いを必要としていることは理解できるだろう。

 しかしながら、シン・ゴジラにおける日米関係はそのようなものではない。本作の主人公である内閣官房副長官矢口蘭堂は、作中できわめて政治家的な気質を持った人物であるという紹介がなされていた。しかし、ヤシオリ作戦を展開する際に、このような日米関係の現実に立脚して、いわばアメリカの「足元」を見る形で何らかの手腕を発揮したという様子は描かれていない。また作中では「地政学的に…」と中露の立ち位置を説明する部分はあるが、日本自身のそうした価値に視点が向けられる様子はなかった。日本はあくまで「属国」だと憤慨しながら、アメリカの温情に支えられながら「属国」であり続けるのである。

 パタースン特使の描かれ方に注目しながら、日米関係があまりにアンバランスなものとして描かれることについて、製作者側がどうせ複雑なものは理解されない、こんなもので良いだろうと手を抜いたのではと指摘する評論もあったが、この見立ても不適当とまた思われる。問題はより根深いもので、戦後日米関係についてのイメージがいかに固定化されているか、という点にあるといえるだろう。シン・ゴジラにおける日米関係とは、占領下撮影された昭和天皇マッカーサーが並んだあの写真に象徴される、支配と従属の日米関係というイメージの再生産でしかない。そしてこうしたことを考えていけば、ポリティカル・フィクションというジャンルにおいて、戦後日米関係を適切な距離感をもって描くことに成功した作品というものが、まず見受けられないという絶望的な事実にも人は気づくだろう。

 そうしたものの凝縮が、シン・ゴジラにおいて軽々しく使われる「属国」という言葉であり、「友情」で貸与されるドローン部隊であり、日本のために奔走してくれる日系アメリカ人ということなのだろう。

映像の快感に万歳二唱
 わたしのシン・ゴジラへの違和感は、「政治」の必要もなく、行政の論理が貫徹される日本政府、挑発的な表現をちりばめているようで実は極めていびつな形で描かれた「日米関係」という二点にあった。

 なぜこうなったのだろうか。勝手に推測すれば、前者については、本作が何よりも、映像表現を追求した作品であったからだと考えられる。製作者側の関心は政治の現場でどうした論理が戦わされ、何が起きるかを描くことではなく、「行政が機能する映像」をスクリーンに映すことにあった。いわばロボットアニメでメカが稼働する様子を精密に描き、それらしさをアピールするように、行政の「リアル」な映像を撮りたかっただけだったのだと思われる。政治の泥臭い心情描写や、駆け引きや、それを粘つくような映像に変換することにはもともと関心がなかったのではないか。

 後者の日米関係に関して考えれば、先述したように、日米関係を適切に描くことができたフィクションがほとんど存在しないという根源的問題に行きつかざるをえない。それを変えることは容易ではなかったのだろう。もう一つはドローンや巡航ミサイルというスマートなガジェットによって、あのヤシオリ作戦を描きたかったのだろう、と考えるほかない。

 さて、このような邪推までした上で、シン・ゴジラという作品が、わたしが指摘した要素を加味するべきと考えるかといえば、そうではないと答える。本作を映像美を追求した作品と考えるとき、わたしが縷々書いてきたことは必ずしも必要ではないと考えるからだ。

 ただ、わたしはシン・ゴジラを「リアル」だともてはやすシン・ゴジラ論には、この二つの違和感を提起したいとは考えている。本作はわたしが指摘したような点でなんら「リアル」ではない。ゴジラに対して防衛出動を発令するのが現実的だとかなんだとか述べること自体がばかばかしい。それ以前の問題なのだ。

 それにしても、映像の快感に満ちた作品であった。とにかく、それに尽きる。

2015年の本

結局一本もエントリを書かないまま2015年の暮れを迎えたが、去年同様、読んだ本、買った本などの感想を並べて一年の締めとしたい。

昨年は順不同、一冊ごとの紹介としたが、今回はある程度自分の関心分野をもとにまとめることとした。

■政治外交史
今年は戦後日本外交史研究でとりわけ注目すべき二冊が刊行された。武田悠『「経済大国」日本の対米協調―安保・経済・原子力をめぐる試行錯誤、1975〜1981年』と、白鳥潤一郎『「経済大国」日本の外交―エネルギー資源外交の形成 1967〜1974年』である。いずれもGNPで世界二位の経済大国となり、また沖縄返還日中国交正常化という「戦後処理」の最終課題を終えつつある時代の日本外交を描く、本格的な歴史研究である。武田本は日米関係を、白鳥本は日本外交を中心の分析対象とするものだが、ジャーナリズムや政治学的分析の手にゆだねられていた分野がいよいよ一次史料をベースにした分析の対象になったという点というのは、素朴な意味でも歴史研究の進展を感じさせるものだった。

武田本は副題どおり三分野での日米関係の対立と協調を描いているが、米国史料をベースに描かれる(特に安保、経済での)対日要求の論理の揺れ動きは、過去の研究手法からは明らかにしえなかったものであり、実に細密で読み応えがある。

また、白鳥本は60年代以後、エネルギー消費国である日本がいかなる形でエネルギー危機に備え、第一次オイル・ショックという実際の危機に対処したかを描いている。事務レベルが60年代からこのようなトレンドを把握し、事前準備を進めていた様子、そのような準備がオイル・ショックという大事件において政治レベルのパワフルな動きと絡み合い、どのようなアウトプットを生み出したのか、これを余すことなく描いている。「平時」にどのように外交政策が蓄積され、それが「非常時」にどのような形で現れるのか、外交政策ということを考える意味でも興味深い一冊であった。

戦後処理を終えた日本が、国際社会とどのように向き合うかを模索した70年代以後についての最新の研究成果であり、これまでの戦後日本外交史研究にはなかった地平に挑戦した二冊だったのだと思う。こうした歴史研究を取り込む形で通史も再構成されるべきであろうし、時事評論もなされるべきであろう。

他にも戦後外交史では、庄司貴由『自衛隊海外派遣と日本外交―冷戦後における人的貢献の模索』石井修『覇権の翳り―米国のアジア政策とは何だったのか』佐橋亮『共存の模索― アメリカと「二つの中国」の冷戦史』が出た。庄司本は情報公開請求によって文民の選挙監視団派遣、国連平和維持活動参加、更にイラクへの自衛隊派遣など、冷戦後の日本外交の新たな動きを実証的に描いた先駆的業績となった。石井本は『対日政策文書集成』シリーズによって米国国立公文書館文書を日本で容易に使用可能とする、目立たないがすさまじい成果を重ねて来た著者が近年進めていたニクソン政権期の研究をまとめたもので、書籍としてのまとまりにはやや欠けるが、その旺盛な史料収集意欲、研究意欲に感銘を受けていた身としては、取り上げないわけにはいかなかった。佐橋本は国共内戦からカーター政権期までを扱った、国際政治理論との連携も意識した一冊であり、著者の鮮やかな分析やレトリックが一冊にまとめられるのを待っていた人間としては待望の一冊であった。

覇権の翳り―米国のアジア政策とは何だったのか

覇権の翳り―米国のアジア政策とは何だったのか

共存の模索: アメリカと「二つの中国」の冷戦史

共存の模索: アメリカと「二つの中国」の冷戦史

また編著では宮城大蔵編『戦後日本のアジア外交伊藤信哉・萩原稔編『近代日本の対外認識I』健太郎、河野康子編『自民党政治の源流―事前審査制の史的検証』が刊行された。

宮城本は約10年ごとを区切りとしたテキストであり、最新の成果を反映した読みやすい通史だった。伊藤・萩原本は「対外認識」をテーマとした論文集だったが、特に満洲現地の日本人コミュニティが日本本土にどのような施策を期待していたか、それが「満蒙問題」の解決を看板に掲げる日本政府とどのようなすれ違いを生じていたかを描いた北野剛「戦間期の日本と満洲―田中内閣期の満洲政策の再検討」、ワシントン体制をめぐる日英米の疑心暗鬼を描いた中谷直司「『強いアメリカ』と『弱いアメリカ』の狭間でー『ワシントン体制』への国際政治過程」の二本は、過去にない外交史の分析で、印象に残った。

最後の奥・河野本は、自民党政務調査会に強い力を与えたとされる、政府・与党の各種法案を国会提出前にチェックする「事前審査制」の歴史的展開を分析したもの。その源流は戦前、戦時下にも存在していたこと、また今日述べられるような実態がいつ、どのように定着したのかを描く歴史研究主体の論文集だが、政治学行政学の分野で蓄積されてきた事前審査制についての研究成果を取り込みながらも、国内政治史もいよいよ戦後が本格的な「歴史研究」になったという手ごたえを感じる、テーマについての一貫性がある論文集だった。

戦後日本のアジア外交

戦後日本のアジア外交

近代日本の対外認識I

近代日本の対外認識I

自民党政治の源流―事前審査制の史的検証

自民党政治の源流―事前審査制の史的検証

■戦後70年
1945年の敗戦から70年ということもあり、様々な意味で関連書籍の販売が相次いだ。波多野澄雄『宰相鈴木貫太郎の決断―「聖断」と戦後日本』鈴木貫太郎終戦外交を扱った研究だが、鈴木が戦争継続のポーズを保ちつつ終戦の時機を探る様子、「聖断」というイレギュラーな決断方法が浮上し、更に戦局が悪化していく中で、徐々に議論が集約されていく様子は、まさに決定が作られていく過程という面白さがあった。

さらに、同書後半で触れられる、終戦詔書英米に対する敗北を強調するものであったこと、大陸での中ソとの戦争の幕引きについて曖昧にしていたことは、結果「終戦」がいつだったのかを曖昧なものとしなかったか、という指摘は、『太平洋戦争とアジア外交』で、重光葵の主導した戦時アジア外交が戦後の日本人の意識に残した負の遺産を指摘した波多野先生の面目躍如たるものがあった。

さて、ミーハーであるので、今年は終戦関連の本を他にも何冊か手に取ったが、NHK終戦関連番組のリサーチャーであった吉見直人による終戦史―なぜ決断できなかったのか』はおととし出た一冊だが、波多野本とは違った形で終戦を描いており、これも興味深かった。吉見本は6月の陸軍の梅津美治郎参謀総長による、戦局を絶望視する内奏の時点で終戦の下準備ができていたとする議論を展開し、副題のごとく「終戦をなぜ決断できなかったか」という議論を展開していく。著者の視点では、東郷重徳外相と梅津が主役となり、鈴木の影は薄い。そして、その問いの性格上、指導者たちの責任を追及するものとなっていく。淡々と歴史を描いていく波多野本と同じテーマを扱いながら(そして史料面でも少なからぬ部分を共有しながら)、その重点に差が出ているのは、極めて興味深かった。同書は最近のNHKスペシャルにありがちな、断片的な史料を持ち出して大げさなことを吹聴するようなものではなく(MAGICやULTLAなどの暗号解読史料も活用しているが抑制的)、王道を行く書籍であり、波多野本ともどもおすすめしたい。

宰相鈴木貫太郎の決断――「聖断」と戦後日本 (岩波現代全書)

宰相鈴木貫太郎の決断――「聖断」と戦後日本 (岩波現代全書)

終戦史 なぜ決断できなかったのか

終戦史 なぜ決断できなかったのか

これは戦後70年を記念してだったのかはわからないが、嬉しかった復刊が二つあった。一つは2005年に単行本が出版された下嶋哲朗『平和は「退屈」ですか―元ひめゆり学徒と若者たちの五〇〇日』の文庫化、もう一つは2002年に『諸君!』に掲載された鼎談を書籍化した岡崎久彦北岡伸一坂本多加雄『日本人の歴史観―黒船来航から集団的自衛権まで』である。下嶋本は10代、20代の沖縄在住の若者たちが、同世代で沖縄戦を経験したひめゆり学徒から話を聞き、どのように戦争体験を語り継いでいくかを描いたドキュメンタリーである。まさに安易な「平和学習」を超えることを目指す両者は時にかみ合わず、時に共鳴する。いささか熱量の多い文章でつづられる暗中模索ぶりはひたすらに心を打たれるものだった。10年の時を経て、かつての若者たちが今どのようにしているのかを補足した章がついているのも大変うれしかった。岡崎他本はある意味イデオロギー的には対照的とみられるかもしれないが、保守的でありながらグローバルに歴史を論じうる面々による鼎談であり、この議論のよい部分が後述の談話に継承されたと思う。

さて、戦後70年ということでまたも内閣総理大臣談話が出た。総理大臣談話、及びそのベースになったとされる「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」の報告書は、いずれも広い歴史的視座で日本の正負の責任を論じたものであり、バランスが取れた内容になったと感じられた。「積極的平和主義」という政権の掲げる方向性が結末に来るのもストレスはなく、このように論じざるを得ないのだろう。

ところで、読売新聞政治部『安倍官邸 vs. 習近平など、一部報道によれば、本来今回の談話は閣議決定を行なわず、公明党にも配慮しないもっと右派色の強いものになるはずであったが、それが安保法制をめぐる国会の長期化という中で閣内の一体性を示すため、現行の談話になったという。事実であればあるべき姿にかくして収まった、というなんともいえぬ政局の妙ではあるが、色々な意味で背筋の寒くなる話であった。

安倍官邸vs.習近平  激化する日中外交戦争

安倍官邸vs.習近平 激化する日中外交戦争

また、歴史認識関連では服部龍二『外交ドキュメント 歴史認識も出た。80年代の歴史教科書問題以に始まる日中韓歴史認識問題を各章別で時系列・ドキュメント形式で扱ったものであり、やや文体は読みづらいが、昨年の木村幹『日韓歴史認識問題とは何か』ともども、こうした問題を把握する際の基礎的文献になるのだろう。

外交ドキュメント 歴史認識 (岩波新書)

外交ドキュメント 歴史認識 (岩波新書)

■政治、政治、政治
しかし、とにかく政治が騒々しい一年だった。民主主義、立憲主義などの単語が独り歩きする様子が多々見られたが、本年出版された山崎望、山本圭編『ポスト代表制の政治学は代表制(代議制デモクラシー)の限界が様々な面から指摘される中で、デモや熟議デモクラシーなどに象徴される様々な政治的行為と代表制の関係を扱った論文集だった。著者らは代表制を時代遅れと廃棄するのではなく、代表制がこうした新しい取り組みとどのような関係を築いていくのか、という視点で論じており、正直色々考え込んでしまう論文もなくはなかったが、知的な刺激を受けた。

山崎・山本本が大きな政治的潮流と代議制デモクラシーの関係を論じたものであるなら、砂原庸介『民主主義の条件』は、選挙制度を典型に、代議制デモクラシーの根底となる制度や組織のあり方を丁寧に論じたテキスト。実態として、日本にどのような問題があり、どのような改革が可能であるのかを、日本政治の実証研究に従事する著者はわかりやすく解説してくれる。ことに著者が政治を動かす「多数派」を形成するために、政党という組織をどのように確立するのかを論じているのは、重たい課題だろう。

ポスト代表制の政治学 ―デモクラシーの危機に抗して―

ポスト代表制の政治学 ―デモクラシーの危機に抗して―

民主主義の条件

民主主義の条件

上記のように、ある種の思想や制度などに注目した研究、概説書の面で実りの多い一年だったが、一方で結局政治における人間、個人のあり方ではないのか、という少し飽き足らない思いを覚えるところがあった。

そのような気分で積んだままの本の山から選び出した木村俊道『文明と教養の〈政治〉 近代デモクラシー以前の政治思想』は、まったく違った形での政治を描いており、一服の清涼剤となった。「文明」「教養」などと言うといかにも大げさだが、木村本は知性ある人間が、明示、暗黙のマナーを守り、遊戯的・社交的に政治を処理する「実践術」の中で政治が営まれた時代を(しつこいくらい)描いている。それをそのままに待望するのは流石に倒錯だろうが、やたらと騒々しいばかりで「本音」やら何やらが横行する政治が何らかの形で一つの取り戻すべき姿を見た思いがした。「政治」と「教養(Civility)」の関係を扱った同書を媒介に、苅部直『移りゆく「教養」』山崎正和『社交する人間―ホモ・ソシアビリス』を再読したところ、よく理解が進んだことも補記しておきたい。

文明と教養の〈政治〉 近代デモクラシー以前の政治思想 (講談社選書メチエ)

文明と教養の〈政治〉 近代デモクラシー以前の政治思想 (講談社選書メチエ)

移りゆく「教養」 (日本の“現代”)

移りゆく「教養」 (日本の“現代”)

社交する人間―ホモ・ソシアビリス (中公文庫)

社交する人間―ホモ・ソシアビリス (中公文庫)

また、本年は田上雅徳『入門講義 キリスト教と政治』今野元『教皇ベネディクトゥス一六世―「キリスト教的ヨーロッパ」の逆襲』の二冊も刊行され、大変興味深く読んだ。田上本は、キリスト教は人間が共に生きることを訴える「共同性」、救済を待つことで、現世を相対化しながら生きることを可能とする「終末意識」という二つの性格を持つことを指摘し、その歴史的展開をキリスト教成立から平易に論じている。

特に興味深かったのは「終末意識」をめぐる変遷で、中世には現世にキリスト教があることの価値を説明しようとした結果、現世を論じることに終始して「終末」が後退し、暗に現状の秩序を肯定する神学が展開したこと、一方宗教改革の時代には「終末」を強調する思想が登場したが、それが現世を放棄し救済を待望するだけの思想にならないよう、慎重な説明がなされたことなどが印象に残った。「キリスト教と政治」という主題そのものに関心を持って読み始めたテキストではあったが、今生きている世界をどう説明し、位置付けるのかという普遍的な問いに通じるものであるように感じられた。

後者は前教皇ベネディクトゥス16世(ベネディクト16世)ことヨーゼフ・ラッツィンガーの伝記的研究。宗教的な伝記ではなく、政治史家の筆によるそれは、ハンチントンの『文明の衝突』をめぐる議論から始まり、保守的価値観の守り手としての教皇の個性を論じるものとなる。「近代的政治理念」が唯一の普遍主義として、世界中のあらゆる「旧弊」を破壊しようと猛威を振るう中で、カトリックとしての一線を守ろうとした人間としてラッツィンガーを描く同書は、(主としてイスラーム過激主義の挑戦によって)「近代的政治理念」が何かと問われた今日、とかく示唆的ではあった。

入門講義 キリスト教と政治

入門講義 キリスト教と政治

以上、テーマ別にまとめてはみたものの、取り上げきれなかった本も多くあるが、年内中に書き上げるという観点からここで筆をおく。大体自分の関心が「政治」という大文字のものにあることもわかったし、色々と発見もある一年だった。

願わくば来年がよりよい年でありますように。